赤ちゃんは「もの」対「ことば」で一つひとつ学習しているわけではない
私たちが何の苦労もなく使っていることばは音・文法・語彙の知識を持つだけでは使えず、それらが結びついた体系が必要です。英語の試験で高得点をとっても話せない人は知識がシステム化されていません。ことばを自由に使えるようになっていく子どもは知識の断片を集めるのではなく、ことばの要素を結びつけ言語体系を築いていっているのです。
人間の赤ちゃんは、ひとたび何かについての知識を得ると、すぐにそれを別の機会に適用し、別の知識の学習に使う。この「知識を使う力」つまり「知識が知識を創造する」というパターンは、人間以外の動物には見られないものである。(『言語の本質』今井むつみ 秋田喜美、中公新書、2023年)
赤ちゃんが「ワンワン」と犬を呼ぶことを覚えると、家の近くにいた猫の事まで「ワンワン」と呼んだりするのを見たことがあるのは私だけではないと思います。
このことだけを見ると、「猫を犬と間違えているな」と赤ちゃんのことばの力の未熟さだけをとらえてしまいそうです。ただ、このように学んだひとつの事を違う場面で応用しようとする(してしまう)ことに私たちの学びの本質が詰まっています。
今回は、 子どもの学びを知ることから、私たち自身が「学ぶこと」の意味を考えていきたいと思います。

こんにちは。
「ちゃ」と申します。
娘が3人います。
言語聴覚士として働いています。
コミュニケーションについて沢山考えたいです。
子供達には英語を身につけて、世界中の人とコミュニケーションを楽しんでもらいたいです。
そのために、できる事を日々考えています。
少しでも背中を見てもらえるようにと、英検1級等を取得しました。
赤ちゃんの学びは新たな発見を創出している
「赤ちゃんが自分で新たな発見を創出している」なんて大げさだし、そんな高度なことをしているとは考えにくいと思う人がほとんどだと思います。私もこの言葉を聞いただけだったらそのように思うに違いありません。
ただ、よくよく考えてみると、その通りだということが分かり、学ぶことの本質が見えてくる気がします。

コップを「入れ物」と理解すると、別のものにも応用する
娘がコップでお茶が飲めるようになった頃、飲み物を色々なものに入れて飲みたがるようになったことがありました。
最初は、人形の手にくっついているコップで。
それぐらいだったら、良かったのですが、その次はスーパーのビニール袋や、ファーストフードの紙袋にも飲み物を入れたがりました。
その時は、「きたない」とか「やぶれる」などと言ってやめさせていたのですが、「コップという具体的な物から、「入れ物」という概念を抽出するという、高度なことをしていたことが分かります。
また、この「コップ=入れ物」という概念の抽出にとどまらず、牛乳パックの底の部分をハサミで切り取って、自分で人形のためのコップを作っていたこともありました。
これは、「コップ(=飲み物を入れるもの)」という単語を覚えたことに留まらず、特徴を抽出してカテゴリー化する力が働いている証拠です。
赤ちゃんの学びは「誤り」ではなく「世界を広げる試み」
「赤ちゃんがコップを「入れ物」として理解し、紙袋やビニール袋にまで応用してしまう」という行動は、私たちがつい「間違い」として止めてしまいがちなものですが、実は学びの本質そのものです。
赤ちゃんは、 目の前の具体物から特徴を抽出し、概念化し、さらに別の場面へと応用する という高度な認知活動を、日常の遊びの中で自然にしています。
これは、私たち大人が新しい知識を得るときにも必要な力で、 「情報をただ覚える」のではなく、 「使える形に変換し、別の場面で応用する」 という学びの根幹に通じています。
赤ちゃんは「正解」よりも「可能性」を見ている
学校での勉強を経た大人になると、どうしても「正しいかどうか」を気にしてしまいます。学校や資格試験のテストが「〇」か「×」で判断され、点数がつけられてしまうせいか、間違えないように、失敗しないように、慎重に学ぼうとします。
しかし、赤ちゃんは違います。
「コップに入れる」⇒「袋に入れる」⇒「牛乳パックを切ってコップを作る」
子どもは、 「これもできるかもしれない」や 「こうしたらどうなるだろう」など という可能性を見て、自由に発想(思考)を広げているのです。
この姿勢こそが、新しい発見を生み出す源泉であり、ことばをはじめとする「学び」を豊かにする最も大切な力なのです。
赤ちゃんの学びを知ると、お母さん自身の学びが輝き出す
赤ちゃんの学びを見ていると、 「こんなふうに学んでいいんだ」 と気づかされることがある。
間違えてもいい
赤ちゃんには「間違え」という概念をあまり持ち合わせていません。持っていないというより「気にしない」ということかもしれませんが、とにかく「おもしろい」という気持ちだったり、「こうなのかな?」というような可能性にワクワクして世界と接しているのです。

色々なことに興味を持ち、自分で予測したりして、赤ちゃんは思ったことをすぐにやろうとします。
私の娘が、鼻の穴に小さなおもちゃのブロックを入れたまま保育園に行って、先生にそれを見つけてもらったということがありました。
それを見つけた先生や親は慌てて、病院に連れていき、それを取り出したのですが、娘は単に「やってみたかった」のだと思います。
そんなことをして、「別に面白くなかった」や「違和感があって、気持ち悪かったけど、取れてスッキリした」などと少なからず、彼女なりに学んだことがあったと思います。
できることからはじめる
赤ちゃんはお母さんのお腹の中で、すでに言語のリズムや強弱を聞き取っているようです。細かい音は聞こえなくても、言語ごとの特徴的なリズムはわかります。そのため、生まれたばかりでも自分の母語とほかの言語を区別できます。つまり赤ちゃんは母語のリズムの知識を持って生まれてくるのです。
赤ちゃんが胎内でしていたことは「やらなければいけない」という義務感に駆られた結果では、もちろんありません。もちろん「そうしたかった」からです。
できるかどうかより、やってみたい気持ちを大切にする
赤ちゃんは、学びに対してとても自由で、柔軟で、楽しんでいます。 その姿は、私達自身が何かを学ぶときのヒントになりそうです。
「正しく学ばないと」と思っていたことが、 「まずはやってみよう」に変え、何かに興味を持ったら、すぐに行動に移すことが学びの基本であることに気づかされます。
「失敗を恐れる」ことは生存本能にもつながり、ダメなことではありません。
例えば、「キノコが好きでいろんなキノコを食べたい」という理由で、山に生えているキノコを興味本位で色々食べてしまうと、毒キノコに当たって死ぬかもしれません。そのため、「失敗を恐れる」ことは悪いことではありません。
ただ、私たちの社会で何かを「やってみる」ことで命に直結することはあまりありません。
「失敗したらどうしよう」が、 「失敗したらまたやり直せばいい」に変えて、楽しんで赤ちゃんのように挑戦し続けたいですね。
(「挑戦」と書いてしまって、この言葉が「重すぎる」のかなとも思いましたが)
赤ちゃんの学びを見つめることは、 私達自身の学びの姿勢を優しく解きほぐし、 新しい一歩を踏み出す勇気をくれます。
まとめ:学びは「積み重ね」ではなく「世界を広げる」こと
ここまでみてきたように赤ちゃんは、ことばを覚えるときも、ものの使い方を覚えるときも、 ただ知識を積み重ねているわけではありません。
世界の見え方そのものを広げているのです。
そしてその広がりは、 赤ちゃんと過ごす日々の中で、 私たち自身の世界もそっと広げてくれているのです。
学びとは、 「できることが増える」だけではなく、 「世界の見え方を変える」ことです。
赤ちゃんの学びの姿勢を知ると、 私たちの学びも、もっと自由に、もっと軽やかに、 そしてもっとワクワクしたいと思います。


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