子どもがはじめて発する言葉は「初語」といわれ、初語は生後10か月から15か月ぐらいの間に出現します。
その初語がみられる3~4か月前には、「お風呂入ろうね」などと言うと、お風呂を見るなどと、ことばを理解していると思われる行動を示すようになります。
ことばの獲得の土台には「理解」があることが分かります。学ぶためには、何よりも理解することが大切で、そこが学びの出発点になります。
この記事では、理解することの大切さを考え、そのために何をすべきかを示していきたいと思います。

こんにちは。
「ちゃ」と申します。
娘が3人います。
言語聴覚士として働いています。
コミュニケーションについて沢山考えたいです。
子供達には英語を身につけて、世界中の人とコミュニケーションを楽しんでもらいたいです。
そのために、できる事を日々考えています。
少しでも背中を見てもらえるようにと、英検1級等を取得しました。
わかることの大切さ
「ことばの意味がわかる」ということは非常に豊かで複雑な知識を含む。これについては今井むつみ著『ことばの謎を解く』や『英語独習法』で詳しく述べたのでここでは繰り返さないが、あることばが指す典型的な対象をいくつか知っているだけでは、そのことばの意味を本当に「知っている」ことにはならないことは、繰り返し指摘しておきたい。
私たちはことばを、単にことばの音(形式)と概念の対応関係として理解しているわけではない。現代言語学の父ソシュールを持ち出すまでもなく、それぞれのことばは一つの対象とのみ結びついているわけではなく、広がりがある。つまりことばの意味は点ではなく、面である。では面の範囲はどう決まるか。同じ概念領域に属する他の単語との関係によって決まるのである。対象を「点」として知っていても、「面」の範囲が分からなければ、ことばを自由に使うことはできない。(『言語の本質』今井むつみ 秋田喜美、中公新書、2023年)
英語の単語を覚える時に、「dish⇒皿」「interesting⇒面白い」と日本語にあてはめて、丸暗記するようなことをしてしまいます。
ただ、このように典型的な対象をいくつか知っているだけでは、言葉の意味を本当に知っていることにはなりません。
例えば、「dish」には「皿」という意味以外に、「料理」という意味になる時もありますし、「(衛星)アンテナ」という意味で使われることもあります。
また、「料理」という意味にあてはまる単語は、他にも「meal」や「food」、そして食べる時間帯で切り分けて「breakfast」や「lunch」、そして、「dinner」などといったりもします。
そして、「interesting」は「面白い」は「興味深い」という意味になったり、「an interesting book」などと名詞を修飾する場合に使われることが多いのですが、「私が興味深いと思う」という意味などというときには「Iam interested in the book.(私はその本に興味を持っている。)」と過去分詞形になります。また、「interest」だけだと、「興味」や「関心」などのほかに「利息」や「利権」などという意味にもなります。
また、同じように「面白い」という意味でも、「funny」とは全く意味が違います。
このように、言葉の意味を多面的に掴むことが「言葉の意味を点ではなく、面で捉えるということです。
記号接地問題
ことばの意味を「点ではなく面で捉える」という視点は、今井むつみさんの提唱する記号接地問題とも深くつながっています。記号接地問題とは、ことば(記号)がどのようにして現実世界の経験と結びつき、意味をもつようになるのかという課題です。辞書的な定義だけでは子どもはことばを理解できず、実際の文脈・状況・感覚的経験などのネットワークの中で初めて意味が立ち上がるということです。
例えば「犬」という語を学ぶとき、子どもは単に「犬=四足歩行の動物」と覚えるのではなく、吠える音、触ったときの感触、散歩で見かける場面、絵本で見た絵など、複数の経験が重なり合うことで「犬」という概念の「面」が形成されます。ことばはこうした広がりのある経験の束に接地されることで、初めて意味をもつ記号として機能してきます。
つまり、ことばの獲得とは、英単語帳で覚えるだけの、単語と対象を一対一で結びつける作業ではなく、経験の広がりの中で意味のネットワークを構築するプロセスです。記号接地問題は、ことばの理解が本質的に「面」で起こることを示す理論的背景としても位置づけられます。
ことばは色々な経験を通して、広がりをもたせて理解し、獲得していくものなのです。

言葉の獲得は「経験の広がり」を通して起こる
子どもは実生活で、様々な経験を通して、言葉を一つひとつ誰から教わるのでもなく、自分で色々な角度から捉え、獲得しています。
私たち大人が、英単語を覚えるときも同じで、「文脈の違い」や「場面の違い」、「ニュアンスの違い」、そして「他の語との関係」などといった面での広がりを理解することで、初めてその単語を「使える」ようになります。
ことばは、絵カードや単語帳だけでなく、色々な経験を通して広がりをもたせて理解し、獲得していくものなのです。
ことばの理解は「経験の質」と「つながりの豊かさ」で深まる
記号接地問題が示すように、ことばの意味は辞書的な定義によって固定されるものではなく、経験のネットワークの中で育っていきます。
子どもたちにとって、散歩ではじめて出会うものは、みんな生まれてはじめて目にするものです。ひとつひとつ感動するもの、あたりまえかもしれません。大人が気にとめない蟻の姿を見つけ、人さし指が伸びました。たまたま裸足でいた子は、足でも指さしをします。子どもの感動は目と指の端におこるのです。肢体障害を持っていて、指さしできない子どもでも、いいもの探しの心が育っているなら、感動の心はからだのどこかに指さしのように現れます。そんなとき、「かわいい蟻ちゃんいたねえ」、「赤い赤いきれいなチューリップだね」、「コケココ、コケココいってるね」、「リスさんごはんおいしいかな」など、おとなは無意識のように子どもの「指さし」に、共感のことばをかけているものです。共感とは、文字通り「共に感じる」ということです。子どもが感じていても、おとなが感じていなければ、共感のことばはかけられません。(『発達の扉』 白石正久、かもがわ出版、2020年)
子どもがことばを覚える時、そこには新しいものに出会う「感動」という感情が伴っているのです。その気持ちを大切にしながら、大人や友達などの周りの人と共感することで、その気持ちが高鳴り、言葉といっしょに、感動した物事の理解が深まるのです。
単語を覚えるときに必要なのは「経験の再構築」
上記したように、英単語を覚えるとき、単語帳の日本語訳を見て覚えるだけでは、意味の「点」しか捉えられません。 しかし、 はじめてそれに出会った時のような感動と共にそのことばの事を考え、「その単語が使われる場面 」や「どんな語と一緒に使われるか」、「ほかのことばとのニュアンスの違い」、そして「文法的な役割」などといったことに興味を持つと、意味の「面」が形成されます。
たとえば「dish」なら、 映画で 「a delicious dish」 と言っている場面を観たり、実際に外国のレストランで 「What’s your favorite dish?」 と聞かれることがあったり、アンテナの形を説明する 「satellite dish」 の図を目にするなど、異なる文脈を複数経験することで、単語の意味の広がりが自然と理解され身についていきます。
そして、外国のレストランで、「What a delicious dish this is!(これ、なんておいしい料理なんだろう!)」などと言ってみて、それが理解してもらえ、喜んでもらえれば、確実にその単語やフレーズは自分のものになるでしょう。
子どもが「犬」という語を理解するプロセスと同じように、 大人が「dish」を理解するプロセスも、複数の経験が重なり合うことで意味が立ち上がるという点で共通しているはずです。
つまり、ことばの学習は年齢に関係なく、 経験の束を増やし、考え、(大げさですが)感動して、意味のネットワークを豊かにする作業 なのです。
「面で捉える」ことが学びを変える
この視点を持つと、大人のことばの学び方そのものが変わります。
日本語訳に頼りすぎない
日本語訳はあくまで「入り口」であり、意味の全体像ではありません。 訳語に縛られると、意味の広がりが見えなくなります。
訳語に意識を固定してしまうと、原語が持つニュアンスの幅や、文脈によって揺れ動く意味の層が見えなくなります。
言語は単語=意味の一対一対応ではなく、 「状況」や「文化」、「語感」、「比喩」、そして「話者の意図」などが重なり合って初めて意味が立ち上がるものです。
そのため、訳語は便利なガイドであっても、そこに依存すると次のような弊害が生まれます。
- 訳語が持つ日本語のイメージに引きずられる: 原語のニュアンスが薄まり、別の意味にすり替わることがある。
- 原語の「意味のゆらぎ」が消えてしまう :ことばが複数の意味領域をまたぐことが見えなくなる。
- 文脈の力が弱まる: 訳語だけを見て「こういう意味だろう」と早合点してしまう。
- 語の本来の使われ方がつかみにくくなる: ネイティブがどう感じ、どう使い分けているかが見えなくなる。
訳語はあくまで「最初の足場」です。 そこから一歩踏み出して、原語の使われ方、文脈、語感、文化的背景を眺めることで、意味の広がりが立体的に見えてきます。
文脈の中での単語との出会を大切にする
例文、会話、映像、実際の場面など、文脈の中でのことばとの出会いを大切にすることで、意味のネットワークが自然と広がります。
中学校の時に、アメリカの映画(たしか、エディ・マーフィー主演の「ビバリーヒルズコップ」だったと思います)で銀行強盗が「Eat the floor!(床⦅を舐めるよう⦆に伏せて!)」叫んでいるシーンがありました。
その時、「日本語なら『床を舐める』」と表現するけれども、英語だと『eat(食べる)』と表現するんや~」と感激したことを、約40年経った今も覚えています。(余談ですが、この感動が、英語を深く学ぶきっかけになったのかも知れません。)
子どもはことば一つひとつを学ぶ時、このような感動と共に出会っているのかも知れません。
私たち大人は英単語など、何かを覚える時、「義務感」のようなもに駆られて、「覚えなければならない」と思っていることが多いと思います。しかし、そんな気持ちよりも、「へー、そうなんや~!」というような出会いを大切にする感動と共に新しいことばに触れると、広い視野で考えることができるようになるのかもしれません。
類語・対義語・関連語を一緒に扱う
例えば、「meal」「food」「dish」「cuisine」など、意味の領域が重なる語を並べて比較すると、 「面としての意味の広がり」がより立体的に理解できます。
「meal」は食事という行為や一回の食事の事を表し、「food」は食べ物全般(素材レベルまで含む)の事です。そして、dishは料理という個別の一品ことを意味し、「cuisine」は文化としての料理を表現するときに使います。
こうした比較は、語の意味を単なる辞書的な定義として理解するのではなく、互いの関係性の中で立体的に把握する助けになります。
さらに、類語だけでなく対義語や上位語・下位語といった関連語も含めて検討すると、語の意味の「境界線」や「奥行き」がより明確になります。語彙が点在するのではなく、互いに連結したネットワークとして頭の中に構築されることで、語の選択や使い分けが直感的にできるようになり、文脈に応じた適切な語の運用が可能になります。
子どもの言語発達を見るときも、経験に裏打ちされた「面」を意識する
子どもが言葉を理解するときも、 「体験」や「感情」、「場面」、そして「人との関わり」といった複数の経験が重なって意味が形成されます。
「初語が出たかどうか」だけを見るのではなく、どんな経験に裏打ちされたことばのネットワークが育っているかに目を向けることも大切です。
また、私達や子どもが英語を学ぶ時も、色々な経験を通して、英語に触れることを大切にしないといけないということです。

まとめ:ことばは経験の広がりの中で育つ
ここまで見てきたように、ことばの意味は、単語と対象が一対一で対応する「点」として固定されているわけではありません。むしろ、私たちが生きてきた時間の中で積み重なった、さまざまな経験や状況、感情が折り重なって形づくられる「面」として存在しています。同じ単語を使っていても、人によって思い浮かべる情景が異なるのは、この「経験の層」がそれぞれ違うからです。
そして、この「面」は静止した平面ではなく、私たちの生活や人との関わりの中で、絶えず広がり続けています。「新しい体験に触れたとき」、「異なる文化や価値観に出会ったとき」、「誰かとの対話の中で心が動いたとき」、こうした瞬間に、ことばの意味は少しずつ厚みを増し、奥行きを持ち始めます。 「豊かな経験」、「多様な文脈」、そして「感情を伴った人との関わり」が重なることで、ことばの意味の面はより豊かに、より立体的に育っていくのです。
ことばは丸暗記して身につけるものではありません。ましてや、させるものでもありません。辞書的な定義を覚えるだけでは、その語が持つ本来の広がりやニュアンスには届きません。ことばは、私たち自身の経験の広がりの中で育ち、変化し、深まっていくものです。 日々の出会いや感情の動きが、ことばの意味を少しずつ形づくり、私たちの語彙をより豊かなものへと育てていくのです。
最後に
子育てをしたことがある人は知っていることですが、子どもには「いやいや期」というものがあります。だいたい、1歳半頃から始まり、2歳頃にピークに達します。お母さんがごはんを口に入れてあげても、わざわざ自分の手で出して、自分の目で確かめたりします。おむつを替えてもらうのにも抵抗したり、なんでも「イヤ!」と言ったりして、「魔の2歳児」なんていわれることもあります。
なんでも自分でしたいようで、生活の主人公になろうとするのです。
これは私達みんなが持っている、「主体性」の原点で、「自分でしたい!」、「自分で決めたい!」と思うのは自然なことのようです。
このような私たち自身の本能に従い、自分で考え、理解することで、ことばをはじめとする色々な知識は体に染みついていくものなのでしょう。


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