前回の記事「わが子がディズニー英語システム(DWE)で英語が得意になった理由を発達の観点から分析」でも、少し触れましたが、DWEは「子どもの言語発達」の事も考えられて作られているのですが。ここでは、もう少し掘り下げて、DWEを包括的に子どもがことばを学ぶ視点から、見ていきます。
20年前には気づけなかった「言語発達に合わせた仕組み」が見えてきた
DWEを購入した当初は、英語学習者の視点だけで、あまり言語発達の観点からこの教材を見ていませんでした。
そのため、他の記事でも書いていることですが、親しみやすいストーリーや音楽で語彙やフレーズを子どもに染み込ませやすいからであるとか、英語のイントネーションに慣れさせて、リスニングと発音が伸びやすくできるなどという英語学習からの視点からのみ、この教材を評価していました。
しかし、包括的に見直してみると、DWEは語彙やリスニング力の早期獲得以上に、子どもの言語発達の視点がしっかりと組み込まれた教材であることがわかりました。
発達を実現するために
子どもの願いとは、「○○したい」という活動の動機、興味、意思、意図、目的などのことばで表現される力です。子どもは、このような願いをもったとしても、すぐその願いがかなえられるわけではありません。もし、願いがすぐかなえられるなら、発達を問うことは必要ありませんから。願ったとしても、今の力ではとてもできそうにないことばかりでしょう。今の自分の発達の力と発達の願いの間には大きなへだたりがあるのです。そのへだたりを子ども自らが埋めていかなければ、発達は実現していきません。「○○したい、けれどもできない」、そんな悩みの中で子どもたちは生活しているのだろうと思います。(中略)
保育や教育の指導は、憧れの心を高め、子どもの願いを生むような「発達の一歩前をいく活動」を用意することからはじめられます。 (『発達の扉(上)』白石正久、かもがわ出版、1994年)子どもが成長するのは、単なる自然の摂理で勝手に立てるようになったり、ことばを話せるようになったりするからではありません。 発達の少し先に「憧れの存在」や「やってみたい世界」があり、それを目指す気持ちが子どもを前へと進ませるのです。
例えば、立てるようになるのも、テレビ台の上にあるリモコンに触ってみたい、机の上の本を手に取ってみたいといった“立ったその先にある目的”があるからこそ、子どもは何度も挑戦します。
ことばを話せるようになるのも同じです。周りの大人たちが会話をして笑い合っている姿に憧れ、「自分も伝えたい」「仲間に入りたい」という願いが、理解と言語の発達を促します。
このように、子どもの発達の土台には必ず「憧れの心」があります。そしてDWEには、この憧れを自然にかき立てる仕掛けが随所にちりばめられています。
映像の中には、楽しそうに駆け回ったり歌ったりする子どもたちが登場し、ミッキーたちもストーリーの中で生き生きとコミュニケーションをとりながら活動しています。
それを見た赤ちゃんや子どもたちは、「楽しそう」「私も仲間に入りたい」と感じずにはいられません。
まさに、子どもの好奇心と憧れを英語とともに引き出す――それがDWEという教材なのです。
共感と模倣
「子どもの成長の道筋 」でも触れていますが、10か月頃を迎えると、子どもも身体を自由に動かせるようになり、相手の行動の真似をしたりして共感を求めるようになります。バイバイができるようになるのもこの頃です。
身体を自由に動かせることができるようになった子どもは、喜びを養育者と分かち合おうとしてくれます。
DWEでも英語と一緒に身体を動かす活動が多く含まれているがたくさんあります。
「Put your hands up in the air♪(両手を高く上げて)」などと、歌に合わせて踊り、英語だけでなく身体を一緒に動かせることをともに実感し、子どもと喜び合う(喜びを共感する)ことは英語学習を促進する要素のひとつです。
挨拶
コミュニケーションの基本です。
この教材は、まず初めに、人と出会った時に交わす、挨拶から始まります。
社会は効率を重視されたりして、無駄を省く風潮があります。そのため、テレワークが働き方の王道になったりして、他人と直接顔を合わせて仕事や勉強しなくて済むことも多くなりました。
そして、ニュースを見れば、「隣にどんな人が住んでいるか知らなかった」という人がいたりで、他人と挨拶する機会が減っているかもしれません。
しかし、やはり挨拶はコミュニケーションの基本です。
子どもには挨拶は必ず大切なことだと伝えたいですね。
この教材も、まず挨拶や自己紹介から始まります。大切なことをまず最初に教えることができ、ホッとします。
単語
単語を知ることはことばを覚える最初の一歩です。
ヘレンケラーがサリバン先生に、水を触りながら「W・A・T・E・R」と手のひらに綴ってもらい、「いつも手のひらにかけられる冷たいものはWATERというのだ」と気づかされ、そこから「すべてのものには名前がある」という洞察に至ったのは有名な話です。
赤ちゃんもそのような洞察を通して、いろいろなものの名前を覚えていくに違いありません。
当たり前のように感じるかもしれませんが、「ものには名前がある」というような洞察が、まず必要で、それを皮切りに、赤ちゃんは色々なことばを覚えはじめるのです。
この教材はそのような気づき(洞察)を助けるように、ものの名前を丁寧に教えてくれる場面が導入のような形で盛り込まれています。
動詞
赤ちゃんの言語発達では、動詞の獲得は名詞より遅れます。それはどの言語にも共通していますが、その程度や特徴には言語差があります。名詞は視覚的に捉えやすく、対象を指さしで共有できるため、1歳前後から急速に増えます。一方、動詞は行為や状態といったように、抽象度が高いのです。
例えば、「走る」ということばひとつとっても、「歩く」と「走る」の違いがあいまいだったり、同じ「持つ」を表す言葉でも、大きくて肩に乗せるようにして運ぶ時は「かつぐ」と言ったり、また小さければ「つまむ」と言ったりもします。
文脈依存性も高く、さらに活用によって形が変化するため、習得が難しいのです。
日本語では1歳半頃から「ちょうだい」「ないない」など慣用的な動詞表現が現れ、その後「食べる」「行く」など基本動詞が増えます。そして2歳を過ぎると動詞が文の中心となり、助詞と結びついて文法が急速に発達します。
英語ではこの傾向がさらに強く、名詞優位(noun bias)が顕著です。英語の動詞は文中での位置が固定され、主語との一致(he runs など)や時制変化が多いため、赤ちゃんにとって理解して獲得する負荷が大きいのです。そのため、英語児は日本語児よりも動詞の出現が遅く、初期語彙の多くが名詞で占められます。
そんな英語の動詞の習得をDWEではディズニーのキャラクターが分かりやすく表現し、獲得を促してくれています。
数
赤ちゃんの前でクッキーを一個、箱に入れる。箱の中身は外から見えない。別の箱には二個のクッキーを入れる。赤ちゃんはこれも見ている。その後、二つの箱を赤ちゃんから少し離したところにおく。すると、赤ちゃんはクッキーが二個入った箱の方に向かってハイハイしていって、クッキーを取り出そうとする。クッキー二個と三個の場合でも、多いほう、つまり三個入っている箱に赤ちゃんは這っていく。しかし、同じやり方で、赤ちゃんの目の前で一つの箱には三個のクッキー、もう一つの箱には四個のクッキーを入れると、赤ちゃんはクッキーが四個入った箱を三個入っている箱より好み、前者のほうに這っていく‥‥ということは見られない。数が四個以上になると、赤ちゃんはもう、多い方を選べなくなるのである。 (『言葉と思考』今井むつみ、岩波新書、2010年)
赤ちゃんは生まれてすぐ、物の数の変化に気づく力を持っています。この「数の芽」は、日常の中で数に注意を向ける経験が多いほど育ちやすいと言われています。そこで重要になるのが、日常の中で自然に数に触れられる環境です。
DWEの歌や映像には、キャラクターの数、順番、繰り返し、大小など、数量に自然と目が向く工夫がたくさんあります。特に英語では、日本語とは異なる「数のとらえ方」が存在します。
また、日本人はしない、「単数と複数」を英語話者は気にかけて話していることも自然に気づくことができます。DVDなどを楽しみながら見るだけで、英語での「数のまとまり」や「変化」に何度も触れることになります。
日本語では「~人」「~個」などの助数詞を使って数を数えたりしますが、一方で英語は全く違い、助数詞がない代わりに、冠詞(「a」や「the」)や、複数形の「s」が丁寧に使い分けられます。子どものころから、このような物の数のとらえ方に多様性があることに少しずつ気づくことは、大きなアドバンテージです。成長してから、そのような違いを勉強して、理解できても、speakingやwritingなどの場面で、対応できないということはよくあります。
簡単に思える英語でのものの数え方も意外と奥深く、その根幹となる認識をこの教材は植え付けてくれるのです。
色
英語では「青信号」の事を「Green Ligit」と言います。実は昔の日本語では緑も青の仲間でした。「青葉」や「青菜」などその名残が随所に残っています。
このほか、日本語では「青空」など「青」という色に、清々しさや晴れやかさのような良いイメージを持つことが多く、ポジティブな意味合いで用いることも多いです。
一方、英語では「I’m blue.(私は憂鬱です。)」などと慣用表現で悲しみと結びつけられます。
同じ色を見ても文化や言語によって世界の切り分け方が少しずつ違ってきます。
こんなに奥深い色彩感覚は生まれてすぐ獲得できるものではありません。
生後まもなくは、「明・暗」は区別できていますが、具体的な色の認知は生後2~3か月ごろに、「赤」、「緑」、「青」、「黄」など基本的な色を見分け始めるようです。
2~3歳で色の名前を覚え始め、4~5歳には多くの基本色の名前を正しく言えるようになります。
色に名前があることを理解し、覚えるようになると、特定の色にこだわりを持つようになることがあります。「青じゃないと嫌」とか「ピンクの方が良い」といった主張は、自我の発達とともに現れる自然な姿です。色の好みは単なる好き嫌いではなく、「これが自分らしい」という気持ちの表れで、アニメのヒーローやヒロインなど、色々な物から影響を受けています。
DWEの中にも、この「色」に関する英語での表現に触れられる場面がたくさんあります。色の英語での表現もそうですが、好みや発達に合わせて、日本語と違う角度から色彩感覚の芽を育ててくれます。
形
形の理解は、子どもが世界をどのように整理して捉えるかという認知の土台に深く関わっています。丸い・四角い・長い・短い・大きい・小さいといった形や大きさの概念は、単なる図形の知識ではなく、物の特徴を抽出し、分類し、言葉と結びつけるための重要なステップです。形の認識が育つと、語彙の広がりや文法理解が促されます。
乳幼児は1歳前後から大小の弁別が可能であることが、視線追跡や選択課題の研究で示されています。2歳頃には、丸・四角などの典型的な形を視覚的に区別できることが多くの研究で確認されています。
2歳半〜3歳ごろになると、「丸いボール」「長い首」など、形容詞を使って特徴を言語化する能力が発達します。
DWEの教材には、形の概念が英語で自然に身につくように設計されているものがあります。映像の中で同じ形の物が繰り返し登場したり、丸いボール・長い風船など、形とことばがセットで提示されたりする場面があります。
前置詞
英語ではこれ(「ビンがぷかぷか浮かんだまま洞窟の中に入っていった」という文章)をどう表現するだろうか?日本語話者だとつい A bottle entered the cave, slowly floating. などと言いたくなってしまう。これは間違いではないが、自然な英語ではなく、英語母語話者は、まずこのような文は言わない。A bottle floated into the cave. と言うのが普通だろう。英語では動きを表現するとき、本来は動きの様子を表す様態動詞(ここではfloat)に方向を表す前置詞を組み合わせ、様態動詞を「~しながらいどうする」という意味に転化させる構文を多用する。つまり英語話者がこのような状況でもっともよく使う構文は「様態動詞+前置詞」なのである。 (『英語独習法』今井むつみ、岩波新書、2010年)
私も「A floating bottle entered the cave ‥. 」なんていいそうになりました。(間違いではありませんが…)
日本語では「〜しながら〜する」という表現が一般的なため、日本語話者は英語でも同じ構造を使いたくなります。
日本語を母語として育ち、話し、そして物事を考えている私たちは、日本語から一つひとつ単語を英語にして、英語の文章を組み立てようとしてしまいがちです。しかし、日本語にない文法や表現方法が英語にはたくさんあります。そのひとつが「on」や「to」などの前置詞です。
前置詞は、名詞の前につけて「どこ」「いつ」「どっちへ」などの関係を示す英語のことばです。日本語では助詞が同じ役割をしますが、英語は前置詞がないと文が成り立たないほど重要で、日本語の助詞より位置や使い分けがずっと厳密なのが特徴です。
ただ、私たちが英語を勉強する過程で、前置詞を「to~=~へ、~まで」や「on~=~の上に」などと訳して覚えてしまうため、感覚的にその重要性が薄まってしまいます。そのような前置詞を考え方から、DWEで映像などを介して、感じ取り、習得することができます。
ちなみに「様態動詞」という聞き慣れない言葉が出てきましたが、
様態動詞は、動作がどんな状態・様子で行われているかを表す動詞です。 英語の wear は「身につけている状態」を示す様態動詞です。 「身につける動作そのもの」は「put on」で表します。 日本語ではどちらも「着る」と訳されがちですが、英語では“状態”と“動作”をしっかり区別するため、この違いがとても重要になります。
- wear(=状態) She wears a red coat every day. 彼女は毎日赤いコートを着ている(着ている“状態”が続いている)。
- put on(=動作) She put on her red coat before going out. 彼女は出かける前に赤いコートを着た(着る「瞬間の動作」)。
このため、服を着て(着替えて)いる途中の事を表現するなら、She is putting on her red coat. となります。日本語ではどちらも「着る」と訳されるため差を意識しにくいですが、英語では「状態」と「動作」を別の動詞で表すことを知ることがとても重要です。同じ「着る」という表現にもこのような違いがあり、その違いを意識せずとも、理解できるように、この教材は触れていくれています。
このように書くと、「英語は日本語にはない前置詞や様態動詞の区別なんかがあってややこしい」と思い、「英語の方が覚えなければいけないことが多すぎる!」なんて思ってしまいそうですが、日本語は日本語で動作などを(ややこしい)独自の方法ですみ分けをしています。
例えば「横切る」を英語でいうと「go across」や「cross」です。横切るものが「道路」でも「テニスコート」でも「cross (go across ) a road (tennis court)」で「cross (go across )」を使います。しかし、日本語では「道路」や「川」のような細長いものであれば、「わたる」と言いますが「テニスコートを渡る」とはいいませんね。
また、手に持てるような小さい物は「持つ」ですが、大きく肩で支えなければ持てないようなものは「かつぐ」といったり、すごく小さいものは「つまむ」といったりします。
少しの動作の違いによる語の使い分けをしていて、日本語は日本語で、私たちの感覚でルールを作っています。
やりとり
(先生に)次に遊んでもらうのを待つまでの時間が、子どもにとってはたいせつな憧れの心の醸成期です。
あそびの楽しさを極限まで高めること、そして、一人ひとりの拠点となるあそびをつくりあげていくことが憧れという発達のためのたいせつなエネルギーをつくることになるのです。 (『発達の扉(上)』白石正久、かもがわ出版、1994年)
子ども達は色々な遊びの中で世界(社会)を理解していきます。
特に保育園などでは、自分一人ではなく、先生や友達がいて、それぞれに都合があることを学びます。そのようなことを学びつつ、我慢することだけではなく、未来への期待をエネルギーに替えることを練習しているのです。
こんな心の高まりは、期せずして、友達と場面を共有しあう喜びに発展していきます。友達も心を燃えあがらせているので、それが伝染するように、自分の心に響いてくるのです。心の響き合いは、目に見えない友だちどうしの引力になり、集団をつくる力になっていきます。(『発達の扉(上)』白石正久、かもがわ出版、1994年)
これは、乳児期から幼児期に移行する一歳半の頃に見られはじめる質的転換をつくるために必要な心の動きです。自分以外の人の事を考える「社会性」とでもいうべきこれらの心の動きは、2歳を迎える前から少しずつ膨らみはじめるものです。
DWEでもこの自然な発達の心の動きに合わせた、内容が盛り込まれています。「taking turns♪~ taking turns♪~first your turn ♪~then it’s my turn♪~(順番交代~順番交代~はじめはあなた~次は私~)」などと歌の中で、友達を意識する成長に合わせた内容が含まれています。
仕事
生後10か月ころ生まれた「道具への憧れ」は、だんだん道具ではなく、おとなのしている行為そのものへの憧れになってきます。(保育園の)先生が連絡帳を書いていると、子どもたちがやってきて、ボールペンに手を出すだけでなく、それを持って自分も書こうとするようになるでしょう。雑巾をもって床をふこうとすることでしょう。米びつを使ってみようとすることでしょう。ごはんのときは、コップのお茶をスープの器に注ぎ入れようとすることでしょう。みんな、おとなのしごとへの憧れの心が、子どもにさせていることです。子どもにとっては、憧れと呼ぶにふさわしく、本当に心がわくわくするのでしょう。 (『発達の扉(上)』白石正久、かもがわ出版、1994年)
憧れの心は自然に、誰もが自然に抱いてしまうものなんですね。その心があるから、私たちは息を吸い込むように、母語だけではなく、色々なことを獲得できるのだと思います。
好きな食べ物は誰にでもあります。「明日はハンバーグ食べたいな~」とか、「はやくお寿司を食べに行きたいな~」などと、思うことがあります。
この誰もが持ったことのある「憧れ」のような気持ちは、食べたこと(体験したこと)があるからこそ生まれるものです。食べたことがないと、なかなかそのような気持ちにはなりません。
仕事などは、実際やったことがないと、なかなかそのような「憧れ」をもつことは難しいかもしれませんが、大人が楽しそうに仕事をしている姿を見ることで、子どもは憧れを抱くようになります。
憧れは発達の原動力です。
DWEの中でもこのような憧れを抱かせる要素がふんだんに盛り込まれています。
パイロットやお医者さんなどにあこがれる子どもたちも出てきます。
また、楽しそうに英語を話すキャラクターたちの姿は、「自分も英語を話してみたい」という前向きな気持ちを自然に引き出してくれます。
比較
1歳半ごろは心の中にできた対の一方に自分の意図を、他方に他者の意図を位置づけて、あくまで自分の意図を通そうとする1歳半の子どもたち。そして、なんでも自分のもの、自分のところに集めてしまいたい1歳半の子どもたち。2歳になったらいったいどうなるのでしょう。
(中略)
2歳は対比認識の芽生えによって特徴づけられていく段階です。特に2歳の後半になると、ほとんどの子どもたちが、「大きいー小さい」、「多いー少ない」「長いー短い」、「高いー低い」などの対比的概念をことばによって弁別できるようになります。
「大きいー小さい」などの対比認識を獲得していくための土台として、1歳半ころの発達の質的転換期においてその姿を確かめてきた「欲張りな心」の心の高まりがたいせつな心の役割をはたしています。欲張りだからこそ言葉が話せるようになると、「もっともっと」と要求し、さらに「いっぱい、いっぱい」と欲張るようになります。 (『発達の扉(上)』白石正久、かもがわ出版、1994年)「欲張りな心」はネガティブな印象を受けがちで、私も子どもたちに、「欲張らないで、妹にもあげなさい」とか「お互いに欲張りすぎているから、ケンカになってしまう」と言って、つい欲張らせないようにしようとしてしまいます。
もちろん、先に述べたように、「順番を待つ」など、友達との間で、秩序を保つことは、「憧れる心」を育てる発達のバネにもなりますが、この否定されがちな「欲張りな気持ち」が原動力となって、二つのものの性質の違いを分析する力の源にもなっているのです。
また、この「欲張りな心」が「日本語だけではなく、英語も話したい」という気持ちを膨らませてくれます。
方向
ことばをものの名前だけに当てはめるのではなく、方向についても認識する手掛かりにできはじめるのが、1歳を過ぎたころからです。1歳半から2歳ごろに、上(up)や下(down)が分かり始め、そして、そのあとに「前後」が分かり始めます。
「左右」を区別し、理解して使いはじめるのはだいたい4歳頃です。
実際に空間を認知するうえで、この言葉を覚えることはとても重要なようです。
長方形の白い部屋で方向感覚を失わせる実験では、ネズミは部屋の形(壁の長さ)だけを手がかりにし、壁の一面が黒く塗られていても利用できませんでした。そのため、正答率は50%にとどまりました。
「左右」を知らない人間の2歳児も同様の結果でした。
しかし、4歳ごろになって、「右」と「左」という言葉を理解し、正しく使えるようになった子どもたちは、黒い壁を基準として「左右」を考えることができるようになり、あてずっぽうで動くことなく、100%正答できました。
DWEでは「up(上)」や「down(下)」等に加え、「left(左)やright(右)」も認識する練習ができる要素が含まれています。英語の練習に合わせて、いろいろな認知の訓練もできるということです。
時間
時に関する語の出現は「きょう」が最も早く、使用例も早期からみられる。「キョウハ‥‥‥」と他の時点との比較でよく使われるようである。未来より過去がやさしく、「きのう」が「あした」より先にでる(早い子どもでは1歳半頃に出現する)が特定の時点を示すというよりも過去全般を「きのう」で代表させるのである。「あした」は2歳半頃からみられることもあるが、はじめは過去と未来の両方に適用され、漠然と今とは異なる時点を表す語として使用される。 (『ことばの発達入門』秦野悦子(編)、大修館書店、2001年)
子どもの時間概念の発達は、生まれつき備わったものではなく、言葉や日常経験を通して少しずつ形成されます。幼い子どもは「昨日」や「明日」といった時間を表す言葉を使っていても、その意味を十分に理解しているわけではないことも多く、例えば、過去のできごとをすべて「きのう」と表現したり、未来の予定を「明日」と言ったりすることがあります。
これは、時間が目に見えない抽象的な概念で、空間のように直接経験できないためです。子どもは家族との会話や生活の中で、「朝ごはんの後」「お風呂の前」などできごとの順序を理解しながら、時間の流れを学んでいきます。そして、「昨日」「今日」「明日」そして曜日や季節といった言葉を繰り返し使うことで、徐々に社会的に共有された時間の枠組みを身につけていきます。時間概念の発達は、言葉の学習と深く結びついていて、周囲の大人や友だちとの豊かなコミュニケーションが重要な役割を果たしています。
こうした時間の言葉に繰り返し触れることが、時間概念の発達には欠かせません。 DWEでは、歌や映像の中で自然に「yesterday」「today」「tomorrow」などの表現に触れられるよう工夫されています。
文法
当たり前の話ですが、英語の文法と日本語のそれとはまったく違います。その違いが明らかなため、学校での英語の授業のほとんどはこの(文法の)勉強に多くの時間を割きます。
系統立てた文法の勉強は大切ですが、この教材では文法の学習も大切にして、それをストーリーの中で理解しやすいように見せてくれています。
ただし、(先生方に怒られるかもしれませんが)学校などでの勉強と違い、「(面白くない)文法の勉強をしている」と意識させないように、見せてくれます。特に、日本語にはない「時制」や「助動詞」を視覚的にわかりやすく習得できるよう構成されています。
物語(語ること)
文を話せるようになると、文をつないで「お話(語ること)」をするようになります。「お話」とは事実でも空想でも、時間的に連続したできごとを口頭で順序だてて言うものです。言い換えると、言葉でできごとや内容を順序立てて伝えることです。
語ることをできるようになるために必要なことばの能力として、
①出来事の時間的および因果的関係を、時系列に沿った出来事の連鎖として表現する言語能力
②一貫性のある語りをする言語能力と、テーマに従った構造をもつものとして談話を理解する能力
③出来事を通常生ずる典型的なものと、そうでないものとに分けて捉え、必ず生ずること、あり得そうなこと、曖昧なことなどの特性によってとらえる能力
④登場人物(そこでの行動主体)によって、また時間、空間的な位置づけによって異なる視点をとる能力
⑤私たちの文化や社会で了解可能なしかたで、出来事の逸脱を解決する能力
⑥私たちの文化や社会で意味のあるテーマを維持してこれを再認したり再形式化したりする能力
⑦複雑な現実を表象して言語的に形式化し、心に保持する能力
というような能力が必要になります。
『ことばの発達入門』より 秦野悦子(編)、大修館書店、2001年これらの能力は、子どもが物語に触れる経験を通して育まれていきます。
つまり、このような語る力をつけるには、まず物語に出会う必要があるということです。物語との出会いは、日々の家族の話であったり、テレビのアニメや絵本の読み聞かせであったりします。
このような物語との出会いは、子どもの想像力を豊かにするだけでなく、言語や認知の発達全体にも大きく関わっています。さらに、日々の感動を伝え合うような他者との関わりの中でも育まれます。
DWEにも、子どもの感情を揺さぶる物語が含まれています。
さらに、物語だけでなく、『急がば回れ』のような教訓を伝える内容も含まれています。
DWEの本当の強みは派手さではなく、言語発達の王道を押さえている点
「ミッキーが英語を教えてくれるから」とか「ディズニーの教材なら楽しみながら学習できるから」などと思って購入したものではありますが、上記したように発達の観点から見てもよくできていることが分かりました。
もう一度、特に価値が高いポイントを整理します。
ネイティブの音声
「赤ちゃんが「ことばの世界」に入っていくとき」や「わが子がディズニー英語システム(DWE)で英語が得意になった理由を発達の観点から分析」で触れているので、ここでは繰り返していませんが、やはり、早期からネイティブスピーカーではない親にはできない、英語の発音やイントネーションに触れることは、その後の英語学習に良い影響があり、成長した後には取り戻すことができない、価値があります。
歌・リズム・繰り返しの設計が秀逸
子ども達が「真似したいな」、「一緒に歌ったりして楽しみたいな」なんて思わせてくれる要素がたくさんあり、ディズニーランドがいろんな人を惹きつけてやまないように、たくさんの子ども達を魅了するキャラクターはもちろん歌やストーリーが盛り込まれています。
子どもの発達の過程に沿った構造
子どもの発達に歩調を合わせた内容で、発達していく子どもが理解しやすい内容になっています。特に養育者が子どもの発達段階とそれに沿った子どもの興味を理解して、この教材を活用すると、英語の教育はもちろん、そのほかの発達との相乗効果で、楽しくて前向きな発達を促せます。
弱点や注意点
語彙の範囲が偏るため、日常会話の補完が必要
「これ(DWE)さえあれば英語は完璧」というものではありません。
この教材をマスターすれば英語でのコミュニケーション能力は、相当なものになるのは間違いありませんが、それでもこの教材がすべてではありません。
もちろん、listening(聞き取り)の力など、後からはなかなか取り返すことが難しい力を養ってくれることは間違いありません。
「これさえやっておけば(やらせておけば)」というような感じで、この教材を万能薬としてとらえずに、この教材をマスターすることによって、後に補えない基礎力をここで培って、その後の英語学習やそのほかの発達の礎とすることの方が賢明です。
この教材をきっかけに、英語に慣れ親しみ、日常生活やイベントなどを通して、ここにはないことばや表現に触れ、前向きな英語学習を促さなければなりません。
親の関わり方次第で効果が大きく変わる
「DWEさえ見せておけばOK」ではありません。(すみません。恥ずかしながら、私はそう思っていました。)
親も一緒にDWEを楽しみ、子どもに「私も楽しみたい」と思ってもらえるようにしなければ、いずれ飽きて、興味を失う可能性が高いです。上記したように、英語を話すことに「憧れる」気持ちを一緒に高めることが重要です。
今思えば、一緒に歌を覚えたり、イベントに参加して楽しむことを積極的にしておくべきだったと思います。
親子で楽しみながら取り組むことで、DWEの効果はさらに高まりまることを肝に銘じて、家族で楽しんでください。
まとめ
英語を学ぶことは、単に日本語から英語に訳すことではありません。数のとらえ方や前置詞などを使った、ものの言い表し方、そしてそのために利用する文法の特徴など、ことばが違うと、色々なことが根本的に違ってきたりします。
こうした言語の違いは、単なる語彙や文法の違いではなく、「文化」の違いにも通じます。小さい頃からこの文化の違いに触れることは、多様な視点を子ども達の中に根付かせてくれると言えます。
私はもともと、「英語を学ぶ前に、まず日本語を十分に獲得し、日本語で考えられるようになってから第二言語に触れるべきだ」と考えていました。しかし視点を変えると、幼いころからこうした教材で英語に触れることは、単なる言語獲得にとどまりません。(少し大袈裟ですが)文化の違いや物事の多様性に柔軟に対応できる力を育てる、人生において大きな財産となる経験だと気づきました。
この頃から子どもたちは、目の前の二つのものを一生懸命見比べて、どちらか一方に手を出すようになるでしょう。誕生から半年後の姿です。しかも子どもはこんなに早い時期から、自分で選ぶ力を獲得し始めているのです。
しかも子どもは一方を手にするだけでは満足しません。「対(つい)」の間でゆれ動くように、もう一方にも欲張りな心は引きつけられます。そして、この「もう一つもほしい」という欲張りこそが、知らないもの、珍しいものへの興味を生み、新しい矛盾を子どもたちのなかに育む土台になるのです。 (『発達の扉(下)』白石正久、かもがわ出版、1996年)事実、ほかの犬やサルなどの動物になると、餌などに選択肢が2つあっても、彼らは選択肢の両方を選ぼうとはしないようで、「独り占め」の発想がないようです。
母語と外国語での語の意味の違いは単にそれぞれの単語の意味範囲が一致しないということにとどまらない。そもそも語彙の構造そのものが大きく異なることが多い。例えば、人の移動を表すのに日本語では「走る」「歩く」「ころがる」「すべる」など、限られた数の動詞でしか様態(動き方)の区別がない。それ以上に細かい様態の情報を言語表現に組み入れようと思ったら、「よたよた歩く」「ずんずん歩く」「足を引きずりながら歩く」「ぶらぶら歩く」「つま先立ちで歩く」など、副詞句で語を修飾するしかない。
一方、英語ではこれらに対して、「stagger」(よろめく)、「swagger」(ずんずん歩く)、「limp」(足を引きずって歩く)、「amble」(ぶらぶら歩く)、「tiptoe」(つま先立ちで歩く)など、それぞれの様態で歩く動作について独立した動詞が存在する。
音がする様子の表現も、日本語では音の種類自体を動詞全体で区別することはない。「ドアがキーと鳴った」「風がゴーという音をたてた」「かさかさと歯の音がする」など、「音がする」「鳴る」といった限られた数の動詞をおもに擬音語で修飾する。それに対して英語は、音の種類そのものを意味の中に組み込んだ動詞が多数存在する。それらの動詞によってさまざまな音がする様子が表現される。(中略)
要するに、外国語の意味をきちんと理解するためには、母語とは別にその外国語でのその概念領域の意味地図をゼロからつくり直さねばならないのだ。科学の概念の学習でも、誤ったスキーマ克服は容易に起こらないが、外国語の学習では、ほぼすべての学習においてそのプロセスを経なければならないのである。 (『学びとは何か』今井むつみ、岩波新書、2016年)私は、母語をしっかり獲得してから英語などの第二言語を勉強しても遅くはないと思っていました。
ただ実際、日本語をしっかり覚えてしまってから、英語を学習してみると、意思の疎通はできますし、日常生活ならほぼ困ることがない程度には身につけることができましたが、どうしても日本語で獲得した物事のスキーマや言い回しがアウトプットする英語表現に干渉してしまうことが起こっています。
上記の例でいうと、「(音がしないよう)つま先立ちで歩く」と表現すると「walk silently with one’s toes」なんて表現してしまいそうになります。
こうした自然な英語表現が、DWEの中にはさりげなく登場します。
DWEで学ぶことは単なる「英語」の習得にとどまりません。(少し大袈裟かもしれませんが)英語の文化そのものを感じ取り、小さい頃から触れることで、一生ものの“人生の栄養”になる可能性があります。











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