英語学習で効率を求めすぎる危うさ――「色々な経験を楽しむこと」の大切さ

発達

「できるだけ効率よく英語を身につけたい」

英語を勉強しようと思ったとき、そんなことを考えることがあります。

「できるだけ短い時間で、要領良く多くの単語を覚えたい」

「文法だけ理解すれば、英語を話せるようになるかもしれない」

「できれば何か月かで話せるようになりたい」

「英語がペラペラな人は何か効率のいい方法で勉強したのではないか」

「インターネットで『効率的な英語学習法』と検索すれば」

などと考えたことがある人は多いと思います。

少なくとも私はあります。

今はインターネットで検索すれば、上記のような謳い文句で、たくさんの効率が良さそうな情報がたくさん出てきます。

もちろん、限られた時間の中で効率よく学ぶことは大切です。

しかし、私たちは本当に「効率」を最優先にしてよいのでしょうか。

私は、英語を学ぶことについてこのように考えているとき、2011年6月9日にスペイン・バルセロナで行われた、村上春樹さんのカタルーニャ国際賞受賞スピーチを思い出します。

このスピーチ大部分は、東日本大震災と福島第一原発事故についての事でした。(詳しくは、「私の好きな話」をご覧ください。)

彼は、原子力発電が推進されてきた背景の一つとして、「効率」という価値観を挙げています。原子力発電は効率のよい発電システムだと考えられ、その「効率」が大きな判断材料になっていた、という指摘です。

もちろん、原子力発電と英語学習を同じものとして考えることはできません。

ただ、ここで考えたいのは、「効率」という一見、見栄えの良い物差しで物事を見ることの危うさです。

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英語学習にも「効率」が入り込んでくる

英語学習では、効率を求めるためのさまざまな方法があります。

「この単語帳さえ覚えればいい」
「フレーズを○○個暗記すればいい」
「文法さえ理解すればよい」
「最短○か月で英語が話せるようになる」

こうした情報は、とても魅力的です。

なぜなら、「何をすればいいのか」が明確になるからです。しかも短期間で、成し遂げられそうです。

私も、「英語をペラペラ話せる人は何か特別な効率の良い勉強法があって、話せるようになったのではないか?」と思ったことがあります。

しかし、当然ですが、ことばは、単純に特定の知識を積み上げるだけで完成するものではありません。

子どもは、ことばを自然に身につけているように見えます。そのため、そこには何か魔法のような方法があるのではないか、と私たちは考えてしまいます。

しかも子どもは、「この時間は語彙学習」「次は文法学習」と効率を計算しながらことばを覚えているわけではありません。

家族とのやり取りを聞き、何度も同じ言葉に出会い、間違え、真似をし、遊び、笑い、叱られ、誰かと一緒に何かを経験する。

そうした一見すると「非効率」に見える経験の積み重ねの中で、少しずつことばの意味や使い方を理解していき、自身の血肉にしていくのです。

つまり、ことばの獲得には、時間がかかるのです。

そして、その「時間がかかること」には意味があります。

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「遠回り」は、本当に無駄なのか

例えば、英単語を100個覚えることだけを目標にすれば、単語帳を使って一気に暗記するほうが効率的かもしれません。

しかし、「その単語が実際の会話の中でどのように使われるのか。」

「誰が、どんな表情で、どんな場面で、その言葉を使うのか。」

「似たような言葉とどう違うのか。」

「その言葉を使うと、相手はどう反応するのか。」

こうしたことまで理解しようとすると、ずっと時間がかかります。

一見すると、非効率です。

しかし、そこまで含めて経験することで、単語は単なる「日本語と英語の対応表」ではなくなります。

意味や場面、人との関係、感情、経験などと結びついた「ことば」になっていくのです。

英語を「知っている」ことと、英語を「使える」ことの間には、こうした違いがあります。

効率だけでは測れないもの

そもそも「効率が良い」とは、どういうことでしょうか。

一般的には少ない時間や労力で大きな結果を得ることです。

たとえば、100個の英単語を覚えるのに10時間かかっていた人が、同じ100個を5時間で覚えるようになったとすると、「効率が良くなった」と言えるかもしれません。

しかし、そうやって効率的に覚えた単語を、現実の会話などで使えるかどうかは別問題です。

英単語を「知っている」ことと、そのことばを適切に使いこなせることは同じではありません。さらに、その単語を使って、自分が伝えたいことを相手に適切に伝えられるかどうかも別の問題です。

「知識を得ること」と「ことばや知識を使えること」は同じではないのです。

これは英語に限った話ではありません。

子どもが何かを学ぶときもそうです。

「道を渡るときは左右を確認して」と教えられるだけでなく、実際に道を渡るときに自分で左右を確認し、「車が来ているから待とう」と判断する経験を重ねることで、その知識が自分のものになっていきます。

すぐに答えを教えれば、問題は早く解決します。

しかし、その過程で、自分で考え、試行錯誤する機会を失ってしまうかもしれません。

すぐに結果が出る方法ばかりを選んでいると、時間は短縮できても、その人にしかできない経験や、長い時間をかけて身につく判断力を失ってしまうことがあります。

人間関係もそうでしょう。

「効率」を考えれば、面倒な話し合いを避け、結論だけを伝えるほうが早い。

けれども、人と人との関係は、そんなに簡単なものではありません。

時間をかけて話を聞く。

すぐには結論が出なくても、一緒に考える。

そうした「非効率な時間」の中にこそ、人間関係を育てるものがあるのかもしれません。

英語学習にも「Connecting the dots」

このようなことを考えるとき、Appleの創業者のスタンフォード大学でのスピーチを思い出します。

彼はそのスピーチの中で、「Connecting the dots(点と点をつなぐ)」という話をしました。

「人生を振り返ったとき、一見すると何の役に立つかわからなかった経験や学びが、後になって思いがけない形でつながり、大きな意味を持つことがある。」というような趣旨の話をしてくれました。(詳しくは「スティーブ・ジョブズ2005年スタンフォード大学卒業式スピーチ」をご覧ください。)

これは英語を身につける時にも当てはまります。

英語学習でも、今は「何の役に立つのだろう」と思う経験が、後になって別の知識とつながることがあります。

楽しむだけに歌っていたフレーズが将来、英語を話すとき、何も考えずに口をついて出てくるなんて思いもよりません。

「効率が悪いから」と切り捨てずに、色々なことに興味を持ち、「楽しんで学んで(経験して)みる」その点(dot)がいつか、思いがけないところでつながるかもしれないのです。

英語を「勉強する」のではなく、「英語で経験する」

私は、英語を学ぶときに「効率」だけを追い求めないことが大切だと思います。

「英語を覚えるために英語を勉強する」、「テストに合格するために、単語を覚える」そんな目標も悪くはないですが、楽しそうではありませんね。

それだけではなく、英語を通して歌を聞いたり、物語を楽しんだり、人とやり取りしたり、何かを知ったりする。

つまり、「英語を学ぶこと」そのものを目的にするのではなく、英語を使ってさまざまな経験をする。その中で、ことばが少しずつ自分の中に蓄積されていくのです。

それは、効率という物差しだけでは測れないものです。時間をかけ、いろいろな経験をする中で初めて得られるものもあるのではないでしょうか。

しかし、人がことばを獲得するということは、本来そういうものなのではないでしょうか。「どれだけ早く話せるようになったか」ということではなく、「どれだけ多くの経験とことばが結びついたか」ということに目を向けてみると、テストで合格するために覚えた英単語とは違う景色が見えてくるのではないでしょうか。

効率を否定する必要はありません。

ただ、効率だけを求める危うさは、誰にでもわかります。

遠回りや道草が、人生を豊かにする

「時には遠回りをする」、「無駄に見える時間を大切にする」、「すぐには結果が出ないことを続けてみる」

遠回りすることも、道草を食うことも、時には必要なのかもしれません。子どもの頃は、「最短距離で家に帰ろう」なんて考えませんでした。面白そうな道があればそちらへ行き、友達と話しながら寄り道をする。そんな時間を楽しんでいました。

そんな思い出が誰にでもあると思いますが、大人になって「無駄だったな」なんて思う人は少ないと思います。

「あんな時間もすべて無くし、一目散に家に帰って勉強すべきだった」などと考えるより、「よくよく考えると、たわいもない時間だったものの、今となってはいい思い出」と思えることの方が多いのではないでしょうか。

人生を俯瞰してみると、そのような時間が友達とのかけがえのない楽しい時間だったりするものです。

まとめ:効率だけでは測れないものを大切にする

ことばや学習も同じで、「色々なことを楽しんですること」が本当に「自分のもの」にするための道なのかもしれません。

私たちは何かを学ぶとき、「できるだけ早く、効率よく」と考えがちです。もちろん、効率を考えることは大切です。しかし、効率だけを物差しにしてしまうと、一見すると無駄に思える時間や、すぐには役に立たない経験まで切り捨ててしまうことがあります。

ことばの獲得も同じです。

英単語や文法を覚えることだけでなく、歌を聞いたり、物語を楽しんだり、人とやり取りしたり、間違えたり、何度も同じことばに出会ったりする。そうした一つひとつの経験が、少しずつ「ことば」と結びついていきます。

そして、今は何の役に立つかわからない経験が、後になって思いがけず別の経験とつながることもあります。スティーブ・ジョブズの「Connecting the dots」のように、振り返って初めて、その意味に気づくこともあるのです。

最短距離だけを求めるのではなく、ときには遠回りや道草も楽しんでみる。

「色々なことを楽しみながら経験すること」が、いつか自分だけの「点と点」をつなぎ、学んだことを本当に「自分のもの」にしていく道なのかもしれません。

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