「高校生が知っている語彙数は6万語」と聞いて、あなたはどう感じますか?多い?それとも少ない?今回は、今井むつみさんと針生悦子さんの著書『レキシコンの構築』の一節を手がかりに、言葉の学習について考えてみたいと思います。

こんにちは。
「ちゃ」と申します。
娘が3人います。
言語聴覚士として働いています。
コミュニケーションについて沢山考えたいです。
子供達には英語を身につけて、世界中の人とコミュニケーションを楽しんでもらいたいです。
そのために、できる事を日々考えています。
少しでも背中を見てもらえるようにと、英検1級等を取得しました。
言葉の学習ペースについて:1日9.7語の奇跡
「高校3年生で知っている単語の数が6万語と言うのは『多い』のだろうか、それとも『少ない』のだろうか。このことを18歳の誕生日までにこれだけの数の単語を身につけたと考えるなら、どうだろう。人間は生まれて最初の1年間はほとんど話せないので、この6万語は実質17年間で獲得したという事になる。とすれば、これは1日平均9.7語のペースで新しい単語を覚えていった計算になる。これがどれほどの偉業であるかは、これから毎日、今まで知らなかった言語の単語を1日に9-10語覚えていかなければならないとすればどれだけ大変かを想像していただければ、お判りいただけると思う。」(『レキシコンの構築』今井むつみ・針生悦子、岩波書店、2007年)
この一節を読んだとき、私は最初、ピンときませんでしたが、ジワジワとその量の多さに圧倒されました。
言葉を学ぶという行為は、子どもたちが日々当たり前のように行っていることですが、その積み重ねがどれほどのスピードと量を伴っているかを、改めて数字で示されると驚かされます。
もし今から始めて、毎日10語ずつ新しい単語を覚えようとしたら、どれほどの努力が必要になるでしょうか。しかも、ただ覚えるだけでなく、それを使いこなせるようになるまでには、さらに時間と経験が求められます。
この数字は、私たちが母語を自然に、そして驚異的なスピードで、かつ地道に習得しているかを物語っています。赤ちゃんの頃から、周囲の大人の話す言葉を聞き、真似し、失敗しながらも少しずつ語彙を増やしていく。その過程は、まるで毎日小さな種をまき、育てていくようなものです。そして気がつけば、6万語という「言葉の森」ができあがっているのです。
第二言語学習に置き換えてみると…
この視点は、第二言語学習にも大きな示唆を与えてくれます。
英語などの第二言語を学ぶとき、「単語がなかなか覚えられない」「語彙が足りない」と感じることは多いのではないでしょうか。しかし、母語であれば1日10語のペースで苦も無く言葉を覚えてきました。
日本語に囲まれて生活している私達にとって、第二言語で同じようなスピードを期待するのは、難しいのは当然です。
よく英語学習者の目標になる英検1級ですが、それを取得するのに必要な単語数は10000~15000語といわれていることが多いです。
日本語ばかり話されている環境の中で、英単語を1日10語ずつ覚えると仮定すると、英単語のことを考える時間とエネルギーを意識的に増やす必要があります。1年で約3,650語。3年で、やっと1万語を超える計算です。つまり、母語で築いてきた語彙の世界に近づくには、相当な時間とエネルギーが必要だということがわかります。
英語の学習を「勉強」ととらえれば、この数字は膨大なものに見えますが、私たちが母語として日本語を吸収してきたことを考えれば、この数字の重さは少し違ったものに感じます。
よく、「日本語なら、苦も無く喋れるようになったのに、なぜか英語は苦労してもそうならない。」と思うことがあります。しかし、生まれてきてから、日本語に囲まれて、四六時中日本語を、日本語で考えて生活し、これだけの語彙を積み重ねていたという事を考えると、当然のことのようにも思います。
このように書いてしまうと、成長してから、日本で他の言語を学ぶことが困難に感じるかも知れません。
しかし、大人には「意識的に環境を作ることができる」という強みがあります。

子どもの言語習得を見守る視点
また、子どもたちの言語習得を支援する立場としても、この視点は重要です。子どもが新しい言葉を覚えなければいけない量は膨大です。
そのため、焦らず、長い目で見て、継続的に言葉に触れる環境を作ってあげることが大切です。絵本の読み聞かせ、日常の会話、ちょっとした言葉遊びや歌など、そうした一つひとつが、子どもたちのことばを豊かなものにしていきます。
また、語彙の習得には個人差があります。ある子は一気に言葉を覚えて話し始め、ある子はゆっくりと時間をかけて言葉を育てていきます。大切なのは、比べることではなく、その子自身のペースを尊重すること。日々の関わりの中で「ことばって面白い」「こんな言い方もあんのや」と思えるような、言葉への好奇心を育てていくことが、能動的な大きな力になります。
子どもが語彙を増やすうえで、親子の対話は何よりの肥料になります。たとえば、子どもが「これなに?」と聞いたときに、ただ「りんごやで」と答えるだけでなく、「甘酸っぱいで。シャキシャキしてておいしいで。」と少し言葉を添えるだけで、子どもの語彙の世界はぐっと広がります。こうした日々のやりとりが、子どもの「言葉の森」を豊かにしていくのです。
言葉を学ぶことは、世界を広げること
言葉を覚えるということは、新しい概念や視点を手に入れることでもあります。
1日たとえ1日1語でも、昨日より今日、今日より明日と、少しずつ語彙を増やしていくことができれば、それは確かな前進です。少しの前進でも、一つひとつのことばにはそれぞれの広い世界があり、視野を広くする事にもつながります。
たとえば、「りんご」ということばひとつとっても、その意味は「果物」で「赤くて」、「歯ごたえ」があり、「甘酸っぱく」て「名詞」で「r」と「i」と「n」と「g」と「o」という音素で成り立っています。
子どもにとっては、「おいしい」という良い思いの世界があったり、「すっぱい」という世界があるかもしれません。
また、「みかん」と「りんご」は「同じ果物」という認識や、「同じように甘酸っぱいけどその味は違う」というように他のことばと共に認識を広げてくれたりもします。
ことば一つひとつは、一人ひとりの感覚にもしっかり結びついていて、色々なイメージとともに世界を広げてくれます。そのため、語彙力は一朝一夕で身につくものではありません。
日々のすこしずつの積み重ねが大きな意味を持ちます。繰り返しますが、言葉の学習は、森を育てるようなものです。今日もまた、新しい言葉との出会いを楽しみに、一歩ずつ進んでいきたいと思います。
最後に、私たち大人自身も、言葉の学習者であることを忘れずにいたいものです。新しい言葉を知ることは、新しい世界を知ること。たとえ1日1語でも、昨日より今日、今日より明日と、少しずつ語彙を増やしていくことができれば、それは確かな前進です。
森は一晩では育ちません。またそれを構成している木々(言葉)も色々で、成長速度も違います。そして、それぞれが少しずつ育てば、気付くと木々だけでなく、動物などの色々な生命を宿した生態系になっています。
森の様な存在の言葉を学習することは、ゴールが見えないマラソンのようなものでもあります。速さよりも、続けることが何よりの力になります。今日もまた、新しい言葉との出会いを楽しみに、一歩ずつ進んでいきたいと思います。



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