三項関係とは(こどもがことばを獲得できる理由)

三項関係 発達
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言語発達の鍵

「なぜ赤ちゃんは言語を覚えられるのか?」と思った事がある方は多いと思います。この問いは多くの学者さん達も抱いていて、研究対象になり続けています。

私は学者ではありませんが、言語聴覚士として、そして親としてこの事を頭の片隅において、日々過ごしています。

ちゃ
ちゃ

こんにちは。

「ちゃ」と申します。

娘が3人います。

言語聴覚士として働いています。

コミュニケーションについて沢山考えたいです。

子供達には英語を身につけて、世界中の人とコミュニケーションを楽しんでもらいたいです。

そのために、できる事を日々考えています。

少しでも背中を見てもらえるようにと、英検1級等を取得しました。

今回は、「三項関係」というものについて、私なりに掘り下げたいと思います。

「三項関係」とは、子ども・大人(話し手)・対象物の三つが結びついた関係のことです。

この関係が、ことばを獲得しようとする子どもにとって、大変重要な役割を果たすのですが、実際の場面を想像してみると、そんなに簡単なことではなさそうです。

この三項関係の中で、子どもが言葉の意味を理解し、覚えていくには、「大人がどこを見て、何に注意を向けているのか」を子ども自身が読み取る必要があります。これを「共同注意」といいます。

簡単な事のように見えて、これが本当に奥が深くて、難しいのです。

たとえば、あなたがことばを覚えようとしている、1歳の子どもだとします。

あなたと一緒に窓の外を見ているお母さんが、窓の外を指さして、Смотри! Птичка!(スモトリー! プチーチカ!)」と言ったのを聞いたとします。

窓からは、木の上で、さえずっている青い鳥がいます。鳥の他に、木も見えますし、木の横には車も止まっています。また他にも、歩いている男性もいるかも知れません。

もし、鳥がすごく目立っていて、明らかに鳥のことを指しているのがわかっても、鳥のくちばしのことを言っているのかも知れませんし、鳥の鳴き声のことかも知れません。はたまた、「青い鳥」限定の事を言っているのかも知れません。

お母さんは、窓の外を指しているので、窓から見える風景について、子どもに語りかけているのは分かりますが、上記のように、語り掛けたことばの意味になることの可能性は沢山できてしまいます。

もし、窓から見える「鳥」の事を言っているのが直感的に分かったとしても、「Смотри(スモトリー)」が「鳥」のことなのか、「Птичка(プチーチカ)」がそうなのかも、分かりづらいです。

正解は「Смотри(スモトリー)は「見て」、そして「 Птичка(プチーチカ)」は「鳥」という意味です。これはロシア語です。多くの私達にとって馴染みがない言葉なので、赤ちゃんの気持ちに少し近づけたのではないでしょうか。

お母さんが丁寧に、ことばを教えているこのような場面でも、ここまで分かりづらいのですから、実際に何も知らない子どもが、ことばを覚える日常の場面は、もっとわかりづらい事だらけに違いありません。

このような赤ちゃんの頃とは違い、私が中学校で、英語を学び始めた時、教科書に載っている英単語や英文を日本語に訳して覚えていました。

「BOOK=本」、「MAP=地図」、「This is a pen.=これはペンです。」という具合に。

ただ、このような(私達にとっての日本語のような)軸になることばを持ち合わせてはいない小さな子どもが、上記のようにことば(母語)を1から(0から)覚えることはこんなに難しいのです。

しかし、赤ちゃんの頃の方が成長してから学ぶ新しい言語より簡単に覚えられた気がするのはなぜでしょうか?

これは多くの人が考えることだと思います。

その答えは、1つだけではありませんが、この「三項関係」という言葉がその鍵となる、文字通り「キーワード」になります。

言語聴覚士になるためにした勉強で、この言葉にはじめて出会いました。

学校の勉強なので、この言葉を授業で習った時は、「テストで点数を取るために必要なワード」ぐらいの認識で、この言葉と接していました。

しかし、言語聴覚士として、そして何より人の親としてこの言葉を捉えると、テスト対策以上に重要なキーワードだと気づきました。

子どもがことばを身につけていく過程をあらためて振り返ると、「三項関係」は単なる理論やキーワードではなく、日常のあらゆる場面で造られる「学びの土台」だと実感します。
そして親としてこの視点を持つと、子どもとの関わりが深みを増してきます。

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三項関係があるとき、子どもの世界はどう広がるのか

三項関係が成立している場面では、子どもは次のような経験を積み重ねています。

大人の視線や指さしを手がかりにして同じものを見る

ただ物を見るのではなく、「大人(他人)が何について伝えようとしているのか」を感じ取る練習になります。先ほどのロシア語の例でもあったように、お母さんに丁寧に指さししてもらい、ことばを聞いても、「何」について言っているのか、明確に分かりません。

色々な可能性の中から、お母さんが言っているもの(こと)を能動的に推測しなければいけません。

ただ、この能動的にお母さんの気持ちを読み取ることを、私達が勉強をする時に持つような「やらなくちゃいけない」という風な義務感の様な気持ちでやっているのではありません。

どちらかというと、「お母さんと同じものを見たい(お母さんの気持ちに近づきたい)」という欲求に近い気持ちでそれをするのです。

この欲求に近い気持ちで同じものを見ることが、冒頭で触れた「共同注意」です。

この共同注意が、私達が一生をかけて育んでいくことばの礎(いしずえ)になります。

いま耳にした単語の正しい意味を見いだすためには、自分が今たまたま何を見ていたかではなく、話者がどこに注意を向けたかということを考慮する必要がある。他者の注意に自分の注意を重ね合わせることができる、この能力は、共同注意あるいはジョイントアテンションと呼ばれる。この能力についても、子どもは0歳後半のこの時期、目覚ましい進歩をとげていることがわかってきた。つまり、子どもは、はじめのころは、相手の視線が動くと同じ方向に目を向けてしまうだけだったのが、1歳のころになると、相手の視線の先にあるものと相手の顔を交互に見比べて相手の見ているものを確認したりするようになる。ちょうどこの時期は、本章で見てきたように、耳にした単語を何かモノと結びつけようとし始める時期とも重なる。(『レキシコンの構築』今井むつみ・針生悦子、岩波書店、2007年)

生後6か月頃には子どもは大人(母親)が見ている一般的方向(例えば右の方か左の方か)を見ることができる。12か月頃になると、大人が視線を当てている特定の刺激を、それが乳児の視野内にもともとある場合には見ることができる。18か月頃には、乳児の視野内にもともとなく、乳児の背後にあるものを大人が見つめると、乳児はわざわざ振り返って大人が視線を当てているものを見ることができる。(『言葉の発達入門』秦野悦子・編、大修館書店、2001年)
対象物に対する「大人の意味づけ」を共有する

子どもは大人と同じものを見て、共感することに留まらず、その対象には名前があることを理解します。

たとえば大人が「わんわんやなぁ」と言うと、子どもはその音と犬という存在を結びつけていきます。

同じ対象物を見て、「わんわん」という言葉を聞き、「これがいつも言う(吠える)のは『わんわん』ということば(音)」と気づき、「それがこの対象物を指している」とお母さんの思いに気づく(を感じる)ことをしています。これはいわゆる「共感」であり、これも「同じもの(こと)を感じたい」という欲求が子どもにそうさせてしまうのです。

目が見えず、耳も聞こえなかったヘレンケラーは井戸の水に触れている時、サリバン先生が彼女の手のひらに「W-A-T-E-R」と何度も綴りました。するとヘレン「手の中を流れるこの冷たいものには ”water”という名前がある!」と気づきました。

小さな子どももこれと同じ様な気づきを経験します。

最初は、ただ見たり、触ったりするだけの対象が、ある時、それらには「名前」があり、周りのみんなはその事を共有している、と気づきます。この気づくことがことばの世界への入り口です。

コミュニケーションが「キャッチボール」であることを体験する

自分が見ているものを大人も見てくれる、大人が見ているものを自分も追いかける。
この往復が、ことばのやり取りの原型になります。

指さしで何かを伝えるのは、大人だけではありません。子どもも言葉を話せない時期から指さしを自然にして、自分が今何を見ているか伝えようとしてくれます。

伝えてもらう楽しさと同時に、伝える楽しさをそこで体験し、学んでいくのです。

こうした積み重ねが、語彙の獲得の基礎の力となり、他者理解や社会性の発達にもつながっていきます。

親として気づいた「三項関係」の大切さ

親になると、三項関係は理論ではなく日常の実感として大切なものとして捉えることができます。

子どもが指さした先を一緒に見ることは、「何を伝えてくれようとしているか」を自然に、そして一所懸命につかもうとします。また、子どもも親が見ているもの一所懸命に追いかけようとしてくれます。

こうした何気ないやり取りが、子どもの「ことばの世界」だけではなく、お互いの「世界(視野)」をゆっくりと広げているのだと気づきます。

そして、忙しい日々の中でも、子どもと同じものを見る時間を意識的に作ることの価値を感じるようになりました。そして、それは子ども達が成長した後も続きます。

言語聴覚士として、そして社会に生きる一人の人間と親としての実感が重なるとき

学生の頃は単なる「覚えるべきキーワード」だった三項関係が、
今では 「子どもの成長を支えるための、もっとも基本的で、もっとも大切な関わり」 として見えてきます。

専門知識として学んだことが、親としての体験と結びつくと、
その言葉はただの用語ではなく、子どもとの時間を豊かにする基本的なことに変わってきたことを改めて感じています。

そして、これは子どもだけではなく、日々、社会の中で生活する私達にとっても基本となることです。

家庭で、職場で、そして学校などで色々な人と接し、コミュニケーションを取る時、他者の見ている(感じている)事に共感し、円滑な関係を築いていきたいものです。

まとめ

今回は、「三項関係」について整理してみました。

三項関係を介して、ことばを獲得することはもちろん大切ですが、それ以上に他者を理解しようとする姿勢や他者と「同じ気持ちになりたい」という思いが私達には備わっていて、ことばを獲得することが最終目的ではなく、「共感」し合うことが最終到達地点だと思います。

このように見ていくと、ヒトとして本質的なモノがわかったような気がします。

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