「努力せず、時間もかけずに『プロとして通じる英語』が習得できる、という思い込みをまず捨てるべきだ」
— 今井むつみ『英語独習法』よりー
その英語学習、本当に“夢見すぎ”ていませんか?
YouTubeを開けば、「寝てるだけで英語が話せるようになるCD」とか、「聞き流すだけで英語脳に」なんて言葉があふれています。
正直、私も一時期そういうものに惹かれて、試したことがありました。
しかし…
本当に“聞き流すだけ”で、ネイティブのように話せるようになるのでしょうか?

こんにちは。
「ちゃ」と申します。
娘が3人います。
言語聴覚士として働いています。
コミュニケーションについて沢山考えたいです。
子供達には英語を身につけて、世界中の人とコミュニケーションを楽しんでもらいたいです。
そのために、できる事を日々考えています。
少しでも背中を見てもらえるようにと、英検1級等を取得しました。
今井むつみ先生の「現実的」だけど希望のある言葉
慶應義塾大学の認知科学者・今井むつみ先生は、著書『英語独習法』の中でこう語っています。
「日本語母語話者が簡単に片手間の勉強でプロフェッショナルレベルの英語を習得するのは無理である。」
冷たく感じるかもしれませんが、これは「だからこそ、正しい方法で努力すれば、誰でもたどり着ける」という希望あるメッセージの裏返しでもあります。
英語は“脳の仕組み”との対話
今井先生は、「言語は頭の中の“意味のネットワーク”を育てること」だと繰り返し伝えています。
つまり、「覚える」より「理解する」。
そして、「真似する」より「考える」こと。
英語を話すためには、英語の単語やフレーズだけでなく、その背後にある思考パターンや概念の作り方を身につけなければなりません。
こんな人に届いてほしい
- 「子どもに英語をやらせてるけど、効果が見えない」と悩むママ
- 「何年も勉強してるのに話せない」と落ち込んでいる社会人
- 「早く話せるようになりたい!」と焦っている学生さん
…実は、どれも自然な悩みです。
でもその答えは、「簡単な近道」ではなく、「遠くても堅実な道」の中にあるのです。
「合理的な学習」の本当の意味
何かを習得したり、成し遂げようとしたりする時に、よく考える「合理的な方法」とは「楽(らく)できる近道」という様な意味に捉えられがちです。
しかし、「合理的」≠「楽(らく)」という事ではありません。
ただ、「楽(ラク)して習得」はできませんが、「楽(たの)しんで習得」は可能です。
というより、何事もそうですが、「苦闘しつつも楽しみながら努力を積み重ねる」事で習得(熟達)できるものです。
その為、「楽(らく)」を求めず「楽しみ」を求めながら、合理的な方法で学習を進めるべきです。
「幻想」と「現実」:英語学習の落とし穴と正しい道
「聞き流すだけで、英語がペラペラになる」という様な謳い文句の教材を目にしたことがありますが、その様な学習で英語を話せるようになるのでしょうか?
実際、赤ちゃんはお母さんのお腹にいる頃から母語を聞き、生まれてからもその他の音と聞き分けて、過ごしています。ほぼ無意識に近い状態ですが、よく耳にする、母語特有の音や単語を聞き分ける事に注意するようになります。
生まれたての赤ちゃんの頃は世界中の色々な言語の音を聞き分ける事ができますが、母語特有の音を傾聴する様になり、母語にある音の聞き分けしかできなくなります。
例えば、「L」と「R」を赤ちゃんの時は聞き分ける事ができていましたが、日本語を話す上で、その必要性が無くなり、それらの音の聞き分けができなく(しなく)なっていくのです。
つまり、それらを聞き分ける必要が無いので、それらを聞き分ける為の脳のリソースをそこに裂かなくなるのです。
また、子供が母語を覚える時は、「単語の意味を状況や構文、そして文法等を手掛かりに推論し、それらを一緒に記憶する」という作業を頭の中でしています。
そこから、少しずつ単語の意味を抽象化して覚えたり、それに並行して文法や構文の意味を抽象化しながら覚えたりしています。
「なんとなくやっている風」に見える赤ちゃんもこの様な複雑な思考の上にことばを覚えているのです。
頭の中でこの様な複雑な作業をしているので、これを聞き流しながらやるとなると、日常の他の事にも注意を払って生活しなくてはいけない私達が、聞き流しながら無意識下でするのは難しいでしょう。
それよりも、合理的な方法を意識して、模索しながら時間をかけて英語の学習を続ける事が本筋です。
よくある幻想(Myth) | 現実(Reality) |
聞き流すだけで話せるようになる | 言葉の意味のネットワークを構築するには「理解」と「思考」が必要 |
数ヶ月でネイティブ並みに話せる | 習得には長期的な継続と地道な積み重ねが不可欠 |
単語と文法を覚えればOK | 文脈・使い方・背景知識もセットで身につける必要あり(スキーマが必要) |
良い教材を使ったり良い英会話スクールに通えば自然と話せる | 受け身ではなく、能動的に考え、積極的に話す事が重要 |
英語は“翻訳”すればいい | 英語は英語の思考で理解する「別の世界の言語」 |
言葉の意味ネットワーク
人が言葉を学ぶ際に、その言葉の意味や使い方を、他の言葉や概念との関連の中で理解し、知識の網の目(ネットワーク)を構築しています。
その為、「dog ⇒ 犬」という様な日本人がテストのためにやるような単に対で覚える学習だけでは不十分になる事があります。
例えば「犬」という言葉を学ぶ時、「動物」、「吠える」、「ペット」など他の概念や言葉とつながって行きます。

継続と地道な積み重ね
上記の様に、語彙の意味ネットワークは無限に広がります。私達は母語を習得する過程で英語の単語帳で丸暗記するようなことはせず、既にある知識と結びつけて、そのネットワークを広げながら、学習しています。
英語でもこの様なネットワーク構築をするためには、1語1語を丁寧に理解しながら、時間をかけて繰り返し使うことが必要です。一度で定着することはありません。
今井むつみ先生は『英語独習法』の中で、「語学習得は短期決戦ではなく、長期戦である」と強調しています。その理由は、語学学習はこの様に意味を深く理解し、ネットワークとして結びつけていくプロセスだからです。

「スキーマ」の必要性
「スキーマ」は私達の頭の中にある知識や経験の枠組みの事で「〇〇とはこういうものだ」というような思い込みのパターンです。
例えば、アメリカの子供向けの絵本に「baseball」が出てきた時、日本の子供よりアメリカの子供の方が深く理解できるかも知れません。また、そこには男女差もあるかも知れません。
言葉はそのような背景知識(スキーマ)と深く結びついているので、車の両輪の様に、単語や文法を組み合わせる作業と一緒に様々な知識を身につける必要があります。

能動的に考えて使う事が大切
単語や文法を丸暗記しても、それを自分の考えや感情と結びつけて使わなければ意味のネットワークが構築されません。
例えば、「hungry(お腹が空いた)」を「ただ覚えた単語」として知っているのと、「実際にお腹が空いて “I’m hungry.” と言った」経験があるのとでは、記憶の深さがまったく違います。
考えながら話すことは、言葉と意味・経験を強く結びつけます。また、上記の様に感情が言葉にかぶされば、より伝わり、記憶にも定着することが想像できると思います。

英語の世界は別世界?
「英語の理屈を頭で理解するだけでは英語を自由に使いこなす事はできない。英語を自由に使えるようになるという事は、英語独自の世界の切り分け方を身体に落とし込む事である」
― 今井むつみ『英語独習法』
つまり、英語を勉強するというのは、単語や文法を覚えることだけではなく、英語圏の文化や世界の中での物の見方を勉強する事でもあるという事です。
例えば、日本語で「少年はリンゴを食べています。」という言葉をきいても、「ふーん、そーかー。」というリアクションぐらいにしかならないのですが、
英語で「 Boy is eating peach.」とネイティブが聞くとすると、
「”Boy”の前に冠詞の”A”が入るのかそれとも”The”なのか、そして”peach”の前には”a”がつくのかそれとも”a piece of”がつくのか、又は後に”s”は付かないのか」という事が気になるようです。
しかし、私達が使う日本語は「冠詞」が無いので、「英語の煩わしい英語の文法の代表格」ぐらいの認識ぐらいにしかならなかったりします。日本人にはそういう事よりも、「少年は桃を1(いち)食べています。」と聞くと、
「1」の後に助数詞の「(匹でもなく、枚でもなく)個」は付くべきなのに」と気になります。
また、英語で船を指して言う時に「She」と女性に見立てて表現したりもします。
性別に分けて物を表現する事は外国の言葉ではよくあるのですが、日本人からすれば「なんのこっちゃ?」ってなります。
他人に何かを伝えたり伝えてもらったりする時、他人によって気になる所が少しずつ違ったりします。
この様に、1つひとつの言語によっても大きく違います。
その為、言葉を「単なるコミュニケーションのための記号」として扱い、「英語は“翻訳”すればいい」という風にとらえてしまうと、とらえきれないところが出てきます。
その為、「別の世界の文化や視点を取り入れる」という事を意識する必要があります。
ただ、これを「義務」の様に捉えるのではなく、英語(語学)学習の醍醐味として、ひとつの楽しむ要素にしてもらいたいと思います。

それでも、学ぶことは楽しくできる
ここまで読むと「やっぱり英語って大変なんだな」と思うかもしれません。
でも、「楽(ラク)して身につく」と「楽しく学ぶ」は、まったく別の話です。
英語学習は、やり方次第で“楽しい習慣”に変えることができます。
たとえば、自分の興味あるジャンルの英語番組を見る、絵本を親子で一緒に音読する、英語で好きなアーティストの歌詞を読んでみる――。
「意味」を意識しながら積み上げていくことで、自然と英語が自分のものになっていきます。
まとめ:夢ではなく、現実的な力を身につけよう
プロ並みの英語力を「聞き流すだけ」で手に入れるのは、残念ながら幻想です。
けれど、「英語を自分の言葉として身につけたい」という思いがあれば、確かな方法と積み重ねで、必ず力はついてきます。
英語学習に近道はありませんが、続けることで確実に前進できる道はあります。
あなた自身に合った、楽しみながら続けられる学習法を見つけていきましょう。
補足
もしこの記事が気に入っていただけたら、ぜひ他の英語学習記事もご覧ください。
また、私自身の体験談として「DWE(ディズニーの英語システム)」を使った英語育児の記録も公開しています。そちらも英語学習のヒントになれば幸いです。
参考図書
『英語独習法』 今井むつみ 著(岩波新書)
「聞き流すだけでは英語は身につかない」と感じている方にぜひ手に取っていただきたい一冊です。
本書では、言葉の意味を「ネットワーク」として捉え、単語や文法の“丸暗記”に頼らない、本質的な言語習得の方法が解説されています。
英語を日本語に置き換えるのではなく、「英語の思考」で理解していくプロセスを、心理学・認知科学の視点から丁寧に説明しており、これから英語を学び直したい大人の方や、英語育児に取り組む親御さんにもおすすめです
コメント