私達は母国語を自然に、大した苦労も感じず、使いこなせるようになっています。
英語を、中学校と高校で丁寧に作り込まれている教科書を使って、勉強しても、ネイティブのように使いこなせるようになる人は少ないですが、日本語はネイティブとして、使いこなしています。
なぜ、日本語なら使いこなせるようになったのでしょうか?
この様なことを考えたことがあるのは私だけではないはずです。
この問いに、古今東西の多くの学者さんたちが、挑んでいます。
もちろん、その答えは1つではありませんが、(少なくとも私にとって)重要な回答のひとつになるのが「ブートストラッピング・サイクル」です。
以前、「アブダクション推論(abductive inference)とブートストラッピングサイクル(bootstrapping cycle)」で触れたのですが、今回はこのキーワードをもう少し掘り下げてみます。
これは言語習得の分野の学術用語で、「自分の力で自分を引き上げる」という意味です。
すでに持っている知識を使って、新しい知識を理解することです。
くつ(ブーツ)の履き口にあるつまみ(ストラップ)を自分の指で引くと、うまく履くことができる。そこから、〈自らの力で、自身をより良くする〉という比喩に派生し、やがて言語習得の分野の学術用語となった。
なにかを端緒にしないと、言語のような巨大で複雑なシステムの学習を始める事はできない。しかしブートストラッピング・サイクルを想定すると、すべての単語、すべての概念が直接に身体に設置していなくても、最初の端緒となる知識が接地されていれば、その知識を雪だるま式に増やしていくことができる。いったん学習が始まると、最初はちっぽけだった知識が新たな知識を生み、どんどん成長していく事ができるのだ。(『言語の本質』今井むつみ、中公新書、2023年)
ブートストラッピング・サイクルの流れ
すごく簡単にすると、こういう↓繰り返しです。
① 少しだけ知っている
↓
② それを使って新しいことを推測する
↓
③ 実際に使ってみる・確かめる
↓
④ 理解が深まる
↓
⑤ また次の新しいことが分かる
これがぐるぐる回る(繰り返す)=「サイクル」

つまり、trial&errorの繰り返し(サイクル)なのです。
具体例(英語学習)
例えば英語で考えてみましょう。
はじめ、「apple=りんご」しか知らないとします。
そこに…
「I eat an apple.」 という文を見たり聞いたりするとします。すると、「りんご」は見ることや、聞くこと等よりも、「食べる」ことが多いので、「eat」は「食べる」っぽいと予想できたりします。
それが何度も出てくると「eat」は「食べる」という意味だと確信できます。
そして、次に…
「I eat breakfast.」という文を見聞きし、「breakfast」も「食べるもの」っぽくて、「朝」に聞くことが多いという状況を加味すると、「朝ごはん」かなと予測できます。
このように、知っている単語を使って、新しい単語を予測したり、理解することができます。
ポイント
このサイクルのポイントは
「 最初はちょっとしか分からなくてもいい」
「間違えながらでもOK」
「 正しくても、間違っていても、自分で考えて使うことで、どんどん身に付く」
つまり…
「完璧に教わらなくても、自分で賢くなれる」
言い換えれば、「自身で試行錯誤することで、血となり肉となる」のです。
まとめ
ブートストラッピング・サイクルとは
「知っていることを足がかりにして、新しいことを学び続けるしくみ」
ということができます。
私達は教科書を使って、手取り足取り教えてもらったわけでもないことば(私の場合は母語である日本語)を使いこなしています。
このブートストラッピング・サイクルだけが、それを可能にしている要因とまでは言えませんが、このサイクルが大きな要素だと思います。
そして、ことばを覚え、使いこなすことに限らず、私達が、何かを学ぶときに必要な姿勢でもあると言えます。
何かを学んで、習得するとき、このサイクルを意識していきたいと思います。


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