アブダクション推論(abductive inference)とブートストラッピングサイクル(bootstrapping cycle)

発達

「アブダクション推論」をご存知ですか?

推論の方法には、演繹法と帰納法があるという事は以前から知っていましたが、「アブダクション推論」というものを私は知りませんでした。

ちゃ
ちゃ

こんにちは。

「ちゃ」と申します。

娘が3人います。

言語聴覚士として働いています。

コミュニケーションについて沢山考えたいです。

子供達には英語を身につけて、世界中の人とコミュニケーションを楽しんでもらいたいです。

そのために、できる事を日々考えています。

少しでも背中を見てもらえるようにと、英検1級等を取得しました。

そして、この推論が言語を獲得する過程で、とても大切な役割を果たしているようなのです。

今回は、この「アブダクション推論(とブートストラッピングサイクル)」を掘り下げ、言葉の発達や英語学習について考えていきたいと思います。

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アブダクション推論とは

「アブダクション推論(abductive inference)」は、観察された事実から“もっともらしい仮説”を導く思考法です。

プラグマティズムの創始者で哲学者で論理学者、そして数学者でもあるチャールズ・サンダース・パースによって体系化された概念です。「なぜこうなったのか?」を説明するための仮説生成のプロセスと言えます。

今井むつみさんは「人生と正しく向き合うための認知心理学(日本経済新聞出版)」でアブダクション推論の事を「正解が一義的に決まらない、推論の跳躍を伴う推論」と表現されています。

たとえば、「ひとりの外国人が犯罪を犯したから、外国人みんなが野蛮で道徳心がない人達だ」というような「過剰一般化」もアブダクション推論の一種です。

人間は生得的に、限られた情報から素早く仮説を立てる「アブダクション推論」を行います。この思考法は効率的である一方、ステレオタイプや思い込みを生みやすく、それが偏見や差別の温床になることがあります。

また、十分な知識がないのに「分かったつもり」になってしまう、いわゆる知ったかぶりも、アブダクション推論による推測の飛躍が原因の一つです。

この様に書くと、「悪い思考法」のように思えてきそうですが、悪い側面ばかりではありません。

スキーマと言語発達」で紹介したものですが、子どもがアブダクション推論を使ってことばを覚えていく過程を表してくれているので、繰り返します。

「モノを表すことばを学習していくとき、子どもは最初の数か月は身近なものの名前を、一つひとつゆっくりと覚えていく。しかし数か月たち、覚えたことばがある程度たまると、子どもはことばはどのようなカテゴリーに対応づけられるのかというような、抽象的な知識を獲得する。そこからさらに、ひとつの事例と結びつけられたことばは、他のどの様な対象に使えるのか、というように考えを進め、言葉全般に適応できるパターンを抽出するようになる。そして、実際に、そのパターン(規則性)を初めて見る対象にもどんどん適用するようになるのである。すると、子どもが覚える言葉の数はそれまでと比べ物にならないほど増え、新しいことばの学習はどんどん加速していくのだ。」(今井むつみ著「ことばと思考」より)

この様に、子どもが色々な言葉を学ぶ過程で、自身で思考をめぐらして、他のことばと関連付けたりしながら、言葉の意味を考え、積極的に学ぶ思考の中にアブダクション推論がきっかけの様なものになり、トライアル&エラーを繰り返していきます。

この「トライアル&エラー」を今井むつみさんは「ブートストラッピングサイクル」と表現されています。

「子どもはこのようにある手がかりがあれば、そこから学習を始め、知識を育てていく。そのとき子どもがしていることは、『教えてもらったことの暗記』とはまったく異なる。今もっている資源を駆使して、知識を蓄える。同時に学習した知識を分析し、さらなる学習に役立つ手がかりを探して学習を加速させ、さらに効率よく知識を拡大していく。その背後にあるのがブートストラッピング・サイクルである。」(今井むつみ著『言語の本質』)

ふたつキーワードが出てきましたが、少し整理をしておきます。

アブダクション推論は仮説創りのことです。

「これって、たぶんこういうことじゃない?」と考えることで、正解が分からないときに、わかりやすい手がかりを見て、 いちばん「ありそうな説明」を思いつくことです。

例えば、「犬がしっぽを振っている」様子を見て、「餌がもらえることを期待して、うれしいのかな?」と思うことがあります。

これが アブダクション推論です。

ブートストラッピングサイクルは仮説を立てて検証し、少し理解し、また仮説を立てて検証することです。

分からない (最初は知識がほとんどない」ことがあると、まず 少しの手がかりで仮説 を立てます。そしてその仮説を基に試(経験)します。そして、 少し分かる とまた仮説を立てて検証するといった仮説と検証をぐるぐる回すサイクルの事です。

つまり、アブダクション推論は思考の最初のきっかけとなる「エンジン」でブートストラッピングサイクルは「思考して成長するループ」のことです。

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アブダクション推論が必要とされる理由

私たちが成長していく中で、ことばをはじめ色々なものに囲まれて生活しています。そして、私たちが直面する多くの問題は、完全な情報が揃っていない状態で判断を迫られます。(特に、ことばを知らない中でそれを学んでいかなければならない子どもにとっては、不確かな情報だらけです)

そのとき役に立つのがアブダクション推論です。

事実Aがあるとすると、そしてそれを説明する仮説Bを思いつく、そこで「Bかもしれない(にちがいない)」と考え、Bを試してみる。試してみて、「上手くいく(いかない)」を経験し、振り返る。

この柔軟さが、創造性や問題解決力の源になります。

デパートの「高島屋」というものがありますが、幼いとき私はそこを「たかし山」と言うとばかり思っていました。そのため、そこは「山」の一種だと思っていました。その言い間違いを幾度となく繰り返しているうちに「他の人が言っていることと少し違うな」という思いに至り、時間をかけてきちんと「高島屋(たかしまや)」と言う様になり、「山」とは全く関係の無い存在だと気づいた事を覚えています。

この様にアブダクション推論は仮説を立てたものの間違えることがあります。しかし、その間違いに気付いた時に、間違っていなかった事よりも大きな気付きとなり、印象に残り、深い学びになることがあります。

つまり、この推論は「何かを学ぶ」という目的のためには、間違っていても(いる方が)価値があるのです。

「考える力」を育てる

子どもが「なにそれ?」や「なぜ?」と問いを立てるとき、すでにアブダクションが始まっています。

ことばを覚え始めた子どもに多いのが、「なんで~なの?」という質問です。色々な事に興味を持ち始めて、「知りたい」という私たち誰もが持っている欲求の様なものが、溢れ出るのだと思います。

いわゆる「好奇心」です。そして、「なんで?」という質問ばかりを周りの大人にしてばかりいられないので、湧いて出た疑問の答えを自分で考えてみるのです。

つまり、「好奇心」がアブダクション推論の引き金となっているという事です。

その好奇心が引き金となり、「観察 → 仮説 → 検証」を繰り返していきます。これはことばだけでなく、取り囲んでいる社会の文化などを覚え、理解する原動力にもなり、この流れは、探究学習そのものです。

言語学習との相性が良い

本来、成長の過程で行う言語習得では、学習者は常に不完全な情報から意味を推測します。

どのお母さんも、「『あ』はこうやって発音するの」とか「口を使って食べ物を摂取する事を『食べる』と言うの」なんて辞書の様な定義を示して、ことばを一つひとつ教えるわけではありません。

そのため、湧き出た疑問や外界との関わりで問題に直面したりした時に、「自身で一所懸命観察した結果を検証し、答えを予想し、それを試す」という事を常に繰り返しているのです。

この思考法を、大きくなって、外国語を学ぶときにやっているかと言うと、あまりやっていないような気がします。細かい部分でいうとやっていることがあるかも知れないのですが、だいたい「『本』はBOOK』といいます(本=BOOK)」という様に決まってしまっていることを定型的に受け身で吸収しようとして、そこでは自身で考えること(「アブダクション推論」や「ブートストラッピングサイクル」をすること)をあまりしようとしていません。

つまり、受け身で知識を得ようしてしまっているのです。

しかし、幼少期であれば、知らない事が多く、一つひとつ聞いたり、調べたりしていられないので自身で積極的に考え、これらの思考法(「アブダクション推論」と「ブートストラッピングサイクル」)を使って学習しようとするのだと思います。

「小さい子どもは新しいことばを素早く吸収する」ということで、「成人になってから始めるより努力を必要としない」と語学を学習させるのは早い時期から始めた方が良いとされます。

しかし、それは半分正解で半分間違っているということです。子どもも彼らなりに、必死に思考をめぐらして、努力しているということです。

以前「Categolize(分類する)言葉」で紹介したことですが、赤ちゃんは生後1歳ぐらいまでは日本語には無い「L」と「R」などの細かい発音の違いを聞き分ける事ができます。そしてそれに付随して、正しい発音も獲得してくれます。それは、日本語を吸収するための思考や物の見方、そして聞き方に偏っていない為にできることでしたが、彼らが言語をスポンジのように吸収する(様に見える)もうひとつの理由が見つかったと思います。

ただし、これ(「アブダクション推論」と「ブートストラッピングサイクル」)は、当たり前ですが幼少期だけのものではありません。成長してからも外国語や他の何かを学ぶときに必要な姿勢を示唆してくれています。

では、幼少期を過ぎたらどうでしょうか。 大人になった私たちは、子どもの頃のように「知らないことだらけの世界」に放り込まれているわけではありません。多くの概念を知り、ある程度の語彙も持ち、生活の中で困らない程度の知識をすでに持っています。

そのため、どうしても「仮説を立てる前に答えを知りたくなる」「間違えたくない」という気持ちが強くなりがちです。 しかし、実はここにこそ、学習が停滞する理由があります。

大人は「正解を探しすぎる」

外国語学習でも、仕事のスキルでも、私たちはつい「正しい方法」「正しい答え」を求めてしまいます。 もちろん効率的に学ぶためには大切な姿勢ですが、同時に「自分で仮説を立ててみる」というプロセスを奪ってしまうことがあります。

たとえば英語学習で、

  • 「この単語の意味は何だろう?」
  • 「この文の構造はどうなっているんだろう?」
  • 「ネイティブはどういう場面でこの表現を使うんだろう?」

と疑問を持ったとき、本来ならまず自分なりの仮説を立て、試してみることができます。 しかし私達の多くのすぐに辞書や解説動画、そしてAIに答えを求めてしまうのです。

もちろん辞書を引くことは悪いことではありません。 ただ、「仮説 → 試す → 修正する」というサイクルを飛ばしてしまうと、理解は浅くなり、応用力が育ちにくくなります。

大人こそ、アブダクション推論を“意識的に”使える

子どもは無意識にアブダクション推論を使いますが、大人は意識して使うことができます。 これは大きな強みです。

  • すでに持っている知識が多い
  • 抽象化ができる
  • メタ認知が働く(自分の理解度を客観視できる)

これらは、仮説生成と検証をより高度に行うための土台になります。

つまり、大人は「アブダクション推論」意識的に実行しやすいのです。

大人の学習におけるブートストラッピングサイクルの例

たとえば英語学習であれば、

  1. 観察 ネイティブが “I’m good.” を「大丈夫です」「結構です」という意味で使っているのを見かける。
  2. 仮説(アブダクション) 「もしかして “good” は“良い”だけじゃなくて、“断るときの丁寧な表現”にもなるのかな?」
  3. 検証(試す) 実際に使ってみる。 あるいは別の文脈で “I’m good.” を見つけて照らし合わせる。
  4. 修正  「なるほど、『遠慮する』というニュアンスがあるのか」と理解が深まる。

このサイクルを回すことで、単語の意味を“辞書的に知る”のではなく、“使える知識”として身につけていくことができます。

「間違えること」が学習の加速装置になる

幼少期と同じく、大人にとっても「間違えること」は学習の大きなチャンスです。 むしろ大人は、間違えたときにその理由を分析できるため、学びの質は子どもよりも深くなることがあります。

「なぜこの文脈では通じなかったのか」や「では、どう言いえばよかったのか」という振り返りは、ブートストラッピングサイクルそのものです。

繰り返すようですが、幼少期の言語習得が驚くほど速いのは、単に脳の柔軟性だけではありません。 「自分で仮説を立て、試し、修正する」という能動的な学習姿勢が自然と身についているからです。

そしてこの姿勢は、大人になってからも意識すれば取り戻すことができます。

1.まず自分で考えてみる

2.仮説を立ててみる

3.試してみる

4.振り返る(間違いを歓迎する)

この4つを意識するだけで、学習の質が深まりそうですね。私も英語の単語で知らないものであったとき、1.の「まず自分で考えてみる」ことから始めようと思います。

ただ、これは英語の勉強(語学学習)だけに当てはまるという事でもなく、さまざまな学習や経験にとって大切な姿勢です。

また、自分で書いてみて、「良いな」と思った事は、4の「間違いを歓迎する」です。

学校教育の弊害かどうかは分かりませんが、「間違える」ことに一種の恐怖のようなネガティブな感情があります。しかし、間違ってから気づき、その間違いで得た知識こそが、本当の資産になったりするのです。

そのため、振り返って良い気付きを得るために、試行を繰り返していきたいと思います。

子どもの学びを支援するために、親ができる声かけ

では、子どもが自然にアブダクション推論を働かせ、ブートストラッピングサイクルを回していけるように、大人はどんな関わりができるのでしょうか。
ポイントは「答えを与える」のではなく、「考えるきっかけを作る」ことです。

思考の道筋に光を当てる

子どもが何かを言い間違えたり、独特の解釈をしたとき、すぐに訂正したくなるものです。
でも、まずはその子がどんな仮説を立てたのかを知ることが大切です。

「そう考えた理由、教えて?」や「どうしてそう思ったの?」などと考える様に橋渡しをすることは、子どもに「推論のプロセス」を言語化させ、次の仮説生成の土台になります。

仮説を歓迎する

アブダクション推論は、正解が一つに決まらない推論です。
だからこそ、子どもが立てた仮説を否定せず、まずは受け止めることが重要です。

「おもしろい発想だね」や「そういう見方もできるね」と子供が思いついた仮説や理由に成否を決めず、「本人が考えた」ことを認め、時には称賛する事でその仮説を立てるために考えた事をともに喜ぶようにすると考える事への動機づけになります。

肯定のワンクッションが、子どもに「考えていいんだ」という安心感を与え、次の推論を促します。

検証のステップへ導く

仮説は、試してみて初めて意味を持ちます。
子どもが思いついたアイデアを、実際に確かめる機会をつくることが、ブートストラッピングサイクルを回す鍵です。

「ほんとうにそうかな? 一緒に見てみよう」や「別のやり方でも試してみる?」

そして、実際に「試す」という行為が、学びを深くし、次の仮説を生み出します。

振り返りを促す

検証した後の振り返りは、学習の質を大きく左右します。テストが先生に採点されて返ってきた時に、何がどういう風に間違っていたのかをきちんと見直すことがその後の成長につながるのと同じです。

ここで大人が少しだけサポートすることで、子どもは自分の思考を整理し、次の学びへつなげることができます。

「やってみてどうだった?」や「思ていたこと比べて、どんな違いがあった?」などという問いかけが、色々な事を頭の中で整理するきっかけをつくり、学びを深めるきっかけになるのです。

「次はどうしてみる?」と次の仮説を促す

ブートストラッピングサイクルは、仮説と検証のループです。
振り返りの後に、次の一歩を考える機会をつくると、サイクルが自然と回り始めます。

子どもの思考を「前に進める」よう、きっかけを創ることも、必要に応じてして言っても良いかも知れません。。

親が「全部教えなくていい」

ここまで読んでいただくと分かるように、親がすべきことは「正しい答えを教える」ことではありません。
むしろ、子どもが自分で考え、試し、間違え、また考えるというプロセスを支えることが、学びを深める一番のサポートになります。

子どもは本来、学びの天才です。
アブダクション推論とブートストラッピングサイクルは、その天才性を最大限に引き出すための自然な仕組みです。

そして、親の役割はその仕組みが働きやすい環境を整えること。
それは、特別な教材や難しい知識ではなく、日々のちょっとした声かけや態度で十分なのです。

最後に推論について整理しておきます

今回はアブダクション推論の話でした。

冒頭で演繹法と帰納法にも少し触れてしまったので、アブダクション推論との違いを整理しておきます。

推論の種類何をする?
演繹(deduction)前提が正しければ必ず正しい結論を導く「すべての鳥は卵を産む → ペンギンは鳥 → ペンギンは卵を産む」
帰納(induction)個別の事例から一般的な法則を導く「何度もリンゴを落とした → 毎回落ちる → 重力があるらしい」
アブダクション(abduction)観察された結果を説明する「もっともらしい仮説」をつくる「庭が濡れている → 雨が降ったのかもしれない」

言語獲得意外にアブダクション推論は、科学研究、医療診断、探偵の推理、そして日常の意思決定まで、あらゆる場面で使われています。

「知ったかぶり」をネガティブに捉えることが多かったのですが、この思考法を改めて知った事で、私達には必要なものだという事が分かりました。

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